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オランダの老人ホームでは、一年間に入居者の半数が亡くなっている?【記事紹介・解説】

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こんにちは、yuです。久しぶりの更新です。


介護業界では、よく「北欧に学べ」といった趣旨の話を聞くことがあります。

どういうことか、もう少し具体的に言うと、

「北欧は日本に比べて、ユニットケアやグループホームなど、生活の場としての老人介護体制が徹底されている。認知症ケア、個別ケアに手厚い。」

といったニュアンスで言われます。

集団的ケアから個別ケアへ。

事実、日本でも、北欧に倣ってユニットケアが導入され、いまでは全国の特養の半数近くを占めるまでになりました。

しかし、体裁の良い部分だけを輸入し、悪いところは(あえて?)伏せてきたのが、今の日本の介護業界であり、その歪みが現場の疲弊という形でいま起こっています。

表題にあげた「オランダの老人ホームでは、一年間に入居者の半数が亡くなっている」というのも、都合の悪い事実の一例です。

今回は、福祉ジャーナリストの浅川澄一氏の記事から、オランダの実態紹介と解説をしていきます。

※オランダは正確には北欧ではありません、地理的には西ヨーロッパに属します。ただ、日本でいう「北欧に学べ」も、その範囲の定義は曖昧です。北欧の中でも国によって制度には細かな差があるため、一概に「北欧=こう」と断定して語ることは出来ません。ここでは、欧米諸国の事例という括りで見ていただけたらと思います。

 

[目次]

 

 

 

1 . 記事紹介

今回、紹介させていただくのが、こちらの記事です。

良い面も悪い面も、分け隔てなく書かれている、とても良い取材記事です。 

冒頭

 今年もオランダで高齢者施設を視察してきた。人気の画家フェルメールを育んだ陶芸の町、デルフトに足を延ばしたほか、例年通りアムステルダム周辺など各地を回った。注目したのは、認知症の高齢者が施設でどのように過ごしているか、最期の時をどのように迎えているのか、である。

 2012年から6回に及ぶ視察で24の施設を訪ねた。半世紀前に開設したところから3年前にできたばかりの施設。定員も30人から150人とさまざまな規模だ。これらの視察を通じて、この国の施設づくりの方向性と目指しているケアの在り方を考えてみたい。

 

2 . 施設(ハード面)のあり方

まずはじめに、ハード面について。

集団ケアから個別ケアへ

下に引用させていただくのは、記者が取材に訪れた施設の話です。

ユニット形式はどこの施設でも共通している。だが、40~50年前は違っていた。4人部屋や2人部屋も多かった。個室も狭かった。

中略

1964年に開設されたときは353室。それを24年後に大改修して2部屋を1部屋に統合、「普通の家の広さに近付けた」。部屋数は半分以下の162に。そして2007年には、全体の半数をユニット型に改変した。7つの個室ごとにLDKを備えた。認知症の人の入居が増えてきたためである。

集団管理から個別ケアへの転換である。

冒頭紹介したように、日本だけでなく北欧でも、昔は病院のような形の多床室が当たり前にありました。

しかしノーマライゼーションの考えをもとに、生活の場としての老人ホームの形、これまでの生活の延長線上にある老人ホームの形を実現しようと、グループホームやユニット型ケアに変革していきました。

日本でもこれを見習い、後を追う形でユニットケアが推進されるようになります。


施設の中に街をつくる

煉瓦塀やスレート屋根などユニットごとに材質と色彩がバラバラ。オランダの伝統的な街並みを再現させている。懐かしい気持ちになる入居者が多いだろう。回想法を実現させた。ミシンや写真、ポスターなどを並べた回想法はよく見かけるが、建築物の外観全体に施すのは例がない。

中略

普通の暮らしを目指すからには、レストランや売店、美容院なども欠かせない。多くの施設では、玄関を入ると必ずと言っていいほど目を引くのが洒落た売店と美容室である。バーカウンター付きのレストランもよく目にした。

つまり、街そのものを施設内に再現させてしまおうと言う意気込みが感じられる。

もう一点、日本より進んでいるのが、この施設内に街をつくるという発想です。

良くも悪くも、施設内で普通の生活が成り立ち、完結するような状態を作り上げているようです。

一方で課題も残っていて…

だが、入居者は簡単に外へ出られない。玄関はきちんと施錠されたり、二重ドアで締め切られたりしている。リートフェルトの裏庭には、鶏やインコなども飼われているが、そのすぐ先に金属のフェンスが境界として張り巡らされ、天辺が内側に反り返る。ものものしい雰囲気だ。

施設内で普通の生活が完結できる反面、認知症の人が昔のように街に出るという普通は、まだ実現には至っていないようです。



3 . サービス(ソフト面)のあり方

次にソフト面についてです。

実はここにこそ、今まで日本では取り入れられなかった要素が色々と見られます。

浴槽には入らない

自宅でもシャワー浴の習慣だから、施設で浴槽を見ることはほとんどない。入浴介助が職員の大仕事となっている日本とは大違いだ。

日本人は浴槽に入る習慣があります。一方海外では浴槽に入る習慣のない地域も多くあり、オランダもその一つです。

つまり、入浴介助だけ見ると日本で行なっている介助量の半分で済んでいるという実態があるのです。


簡素な食事

食事についても「調理した温かいメニューは夕食だけ。後は冷たいパンにバターやサラダなどです。サンドイッチの時もあります」と説明する施設が少なくない。給食会社からの配達を受ける施設もある。

日本では、三食とも温かいメニューが出ます。

また、それらはご飯、汁物、おかず(主菜、副菜、小鉢など)に綺麗に盛り付けられ提供されています。



4 . 死生観

欧米と日本の高齢者福祉、最も大きな違いと言えるのが死生観に関する部分です。

世界の先進国の中で病院死が最も少ない国がオランダ。日本人の75%は病院で亡くなる。欧州諸国の病院死はほぼ50%。その中でオランダの病院死は30%を切り断然トップである。

以前、私のブログでも紹介したように、日本では戦後病院でなくなる方が右肩上がりに増え続け、いまでは7割の方が病院で亡くなっています。

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近年、看取り介護加算の創設を受けて、老人ホームで亡くなる方も少しずつ増えてきていますが、まだ欧米諸国の水準には至っていません。

在宅医療と在宅介護が浸透しているので、入院しなくても穏やかな死を迎えられる。もちろん苦痛を伴う延命治療は選択肢にない。医療介護関係者だけでなく、国民の間では「老衰死」「自然死」が常識。死の日時を自分で決めて家庭医に助力を頼む安楽死を世界で初めて法制化した国でもある。自己選択、自己決定へのこだわりは強い。家族や医療者でなく個人の意思が尊重される。

リートフェルドの施設長は「ここには老人専門医がいますし、家庭医(GP)も来ます。なぜ病院に行くの」と聞き返されてしまった。自宅にいれば近くの家庭医(GP)の診察を受けるのがオランダの制度。加えて「病院は治療するところですから」とも説明する。


オランダでは、歳をとったときの死のあり方が国民間で共有されていると共に、それを支える医療・福祉の仕組みが整備されているのが特徴です。

変わって日本はというと、医療へのアクセスのし易さでは世界最高レベルです。

しかしそれゆえに、一般的な治療と高齢期の治療(必ずしも濃密な医療介入がQOLを上げるとは限らない)の違いをあまり考えず、とにかく患者を受け入れる、そしてできる限りの治療を施す、という状態になってしまっているのです。


亡くなる方の数もペースも、日本とは桁違い

各施設で「昨年、何人の方が亡くなられましたか」と聞くと、かなりの数字が挙がってくる。「えっ、これほど多いの」と驚かされる。

冒頭に記したコアダーンでは、入居者30人のうち20人が昨年中に旅立った。デンハーグ市で大手事業者、フローレンスが運営するグルデンハウスでは、137人の入居者のうち毎年50~80人が亡くなる。開設して3年しか経っていないリートフェルトでも、150人の入居者のうち昨年だけで37人が世を去った。ロッテルダムの大手事業者、ローレンスの5階建て介護施設、ドゥ・ホフステイでは昨年60人が亡くなった。入居者は196人である。

入居後、2~3年で亡くなるのが通例。 以下省略

日本では、入居者の半数が一年でお亡くなりになるということはまずありません。

厚労省の調査では、日本の特養の平均在所日数は4年と言われています。*1

つまり、オランダでは日本の倍のペースでお年寄りが亡くなられているのです。

別のところからになりますが、このような日本と欧米諸国との違いを、北海道中央労災病院委員長・宮本顕二氏が著書の中でこのように表現しています。

日本は一人の患者を回復させるために99人の植物状態の患者をつくっています。反対に欧米は99人の植物状態の患者をつらないために、一人の患者を回復させていない(死なせている)のかも知れません。

欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療

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食事介助

死生観が最も介護に出るのが「食事介助」です。

食事内容だけでなく、食事介助についても、欧米では日本ほど手間をかけていません。

こうした施設で亡くなる人たちのほとんどは、自然な死への歩み、老衰死である。治療を施すレベルではないという判断だ。その最初の兆候は食事量が減ること。「家族や家庭医、老人病の専門医たちが話し合います。食べられなければ食膳を下げ、無理に食べさせません

日本では食べられない人にどうやって食べさせるか、それを競うように行なっている職員も多いです。

そのため、日に日に食事介助が必要な方が増え、職員も手一杯で疲弊する。無理に食べさせられるお年寄りも苦痛を伴う、という現象がよく起きています。

また、この記事には記載されていませんが、高齢者の胃ろうの使用率も欧米と比べると日本は群を抜いて多いです。

欧米では無理に食べさせない、胃ろうや点滴なども行わない、その結果として、前述したように亡くなる方のペースが日本とは全然違うのです。



5 . 都合の良いところだけ取り入れても無理がある

ユニットケア、個別ケア…

普通の生活に近いより良いケアを行う為には、人手が多くかかります。

日本ではハード面の仕組みは取り入れましたが、食事や入浴等、実は欧米ではより簡素に行なっていた所については目をつむり、日本式の手厚い介護を行なってきました。

都合の悪いところは見て見ぬ振りをしてきたのです。そのしわ寄せがどのような形で現れているのかは、すでに説明した通りです。



6 . 提言

私は、日本式の全てを否定しているわけではありません。

より美味しい食事、湯船でゆったりと入浴、これらを日本の文化に合わせてお年寄りでも楽しめるのは良いことだと思います。

しかし、欧米以上に濃密なサービスを、全産業最下位の給与水準*2でやらせるのは、さすがに都合良すぎませんかね?

濃密なサービスには、それ相応の人員体制・ 給与体制が必要です。国の予算をどれだけ高齢者福祉に割り当てられるかということです。

参考外部記事▼

デンマークにおける労働者の約35%を占めるのは公務員です。そして、医療・福祉に関わる人材のほとんどが、公務員であるという事実は、日本も学びたいところでしょう。日本では、介護職の年収は、公務員の半分程度になっており、明らかにおかしい状況が続いています。
出典:デンマークの高齢者介護システムに学べること | KAIGO LAB(カイゴラボ)


あるいは逆に、人員配置や給与水準はそのままに、仕事の内容をより簡素に、限定していくという方向性も一つの選択肢です。

社会保障制度である以上、税金や保険料を払う人、サービスを提供する人、サービスを受ける人がいます。これらのバランスを見極めていくことが必要です。

今の制度は、サービスを受ける人に偏っています(しかもそれがサービスを受ける人のためになっていない場合があるという)。

 

それからもう一つ改善が必要な点、

それは今の死生観なき医療・介護の制度設計を改善することです。

欧米では、死生観と医療・介護の体制はリンクしています。しかし日本は死生観が成熟しておらず、それゆえに制度設計も曖昧です。

私の言う死生観が成熟した社会というのは、「歳をとったらこう死ぬべきだ!」と決めつけることではありません。

「どのように老い、死を迎えるか、個々人で選べる選択肢があり、それを支える医療・介護の体制が整備されている状態」を指します。

願わくば、その選択肢に安楽死も含めてもらいたいところですが…