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介護の現場から リーダーのためのブログ

介護職員の適正な給与水準はいくらなのか

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この仕事をしているとよく話題になる『介護職員の適正な給与っていくらなの?』と言う問題。

昨年あった発表によると、現在介護職員の平均月給は全産業平均のマイナス6.5万円ほどだそうです。

厚生労働省は10日、昨年9月時点で常勤の介護職員の平均給与は月額30万970円で、前年同期より1万850円増えたと発表した。同省は昨年度行った介護報酬引き上げの効果などとみるが、全産業均と比べると約6万5千円低い。

調査は昨年10月、1万670の介護施設・事業所を対象に実施し、7908施設・事業所(約74%)から回答を得た。平均給与月額には賞与なども含まれる。

介護職、月給30万円に でも全産業平均マイナス6万円:朝日新聞デジタル(2019年4月10日)


併せて、少し時期が違いますが社会保障審議会で使われた資料も図が分かりやすいので貼っておきます。

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出展:社保審-介護給付費分科会 第165回(H30.11.22)

介護報酬によって価格をコントロールされている介護保険事業、報酬を上げるも下げるもお国のさじ加減一つで決まります。

介護のような収入単価がコントロールされている仕事では、適正な給与水準というのは、税収や財源との兼ね合い・政治力・他業種とのバランスなど、広い意味での社会的合意のもとで見出されていくものと思われますが、それゆえに様々な主張があって話がややこしくなることも。

一体いくら位が妥当なのか…

先に言っておくと『具体的な額は分からないが、現状の給与水準は不当に低い』というのが私の考えです。

今回はそんなお話しをしていきます。

 

[目次]

 

1 . 給与水準は何によって決まるか

① 専門性について

介護職員の給与水準について、 「業務独占でもないし、学歴もいらない、誰にでもなれる仕事なんだから安くて当然」という心無い言葉を聞くことがあります。

「専門性が低いと思われてるから給料が低いんだ。専門性を高めて介護職の社会的地位を認めてもらおう(そして介護報酬をあげてもらおう)」という声を聞くこともあります。

これらの主張をする人にとっては、給与を決める要因は「その仕事に就く難易度」であったり、「より高度な専門性」だったりするのでしょう。

難関をくぐり抜けている、高度な事をやっている→だから専門性が高い→だから社会的地位が高い→だから給与水準が高い、という理屈です。

確かにそれも一因としてはあると思います。一方、この矢印の説明とは逆に

業務独占等で閉鎖的にする
→相対的に専門性が高まったと言える

給与水準を高くする
→社会的地位が高まる


世の中そんなものでしょう、という考えも私は持っています。

優秀な人材論についても同様です。優秀な人材がいないから待遇悪くても仕方ないのではなく、待遇を良くしないから優秀な人材が集まらないし、ダメな職員がいても淘汰されないのです。

真っ当な方法で専門性を上げれば介護報酬も上がるはずだ、介護職の給料が低いのは専門性が低いから仕方ないのだと言う主張は、ちょっとお人好しすぎると言わざるを得ません。

本来、その仕事に就くために必要な学歴や資格というのは、その技術や知識を担保する事が目的です。結果としてそれによって市場における希少価値が上がり、価格も上げやすく給与も上げやすくなる傾向にあるのです。


② 生産性について

単純な算数で考えれば、生産性が高ければ給料も上げられます。

職員を減らすか、より多くの売り上げをあげるか。

この点、介護は労働集約型かつ、価格転換についても国にコントロールされて自由にはできませんから不利と言えます。


③ 需要と供給について

専門性や難易度、それ以上に、給与水準を決める上で本来大きな要因となるのは「需要と供給のバランス」です。これに触れないわけにはいきません。

各種報道などで目にすることも多くなりましたが、介護人材の不足はとても深刻です。

実際厚労省では、今後の需要見込みと供給見込みのシミュレーションを行っており、それによると、近年の入職・離職の動向が大きく変わらず続いていった場合2025年時点で介護職員の供給が33〜34万人ほど不足しそうだと見込んでいるのです。

参考:第7期介護保険事業計画に基づく介護人材の必要数(都道府県別)



2 . 人件費の高騰待ったなし

供給不足が発生している状況において、普通に考えれば、人材確保のために給与水準は上がっていくのが普通です。

実際にそれを裏付ける発表が先日ありました。

厚生労働省は27日、介護施設・事業所の経営動向を探る調査(経営概況調査)の最新の結果を公表した。

昨年度の決算でみると、全サービスの利益率の平均は3.1%。前回の介護報酬改定の前にあたる2017年度と比べると、0.8ポイント低下していた。

厚労省は要因について、「人手不足で人件費が上がっていること、給食や掃除などの委託費が増えていることが大きい」と分析している。

財務省の法人企業統計調査によると、全産業平均の利益率は昨年度で5.3%。介護業界は規模の小さい会社が多いという特徴はあるものの、経営環境の厳しさが増している現状が改めて浮き彫りになった形だ。

www.joint-kaigo.com

www.mhlw.go.jp


また昨年目立ったニュースで言えば、SOMPOケアが介護職員の給与水準を引き上げるという発表もありました。

介護付きホームなどを展開する大手のSOMPOケア株式会社は26日、リーダー級の活躍をして現場を支えている介護職員の社員の賃金を、2022年までに看護師と同等の水準まで引き上げると発表した。

kaigo.joint-kaigo.com


「看護師と同等の水準〜」と言うと、専門性の高さが給与水準を決めると思っている人たちからしたら冗談じゃないと思われるかも知れませんが、これはしょうがないことです、需要と供給のバランスがそうさせるのですから。

余談ですが、超難関で専門性高く給与水準の高い弁護士でさえ、近年は供給過多によって給与水準は減少傾向にあり、「なりさえすれば誰でも一生安泰」の職業ではなくなってきている、と言う話を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。

介護職員の供給不足を補うためには、いよいよ頭押さえつけても無理があるところまで来てしまっているのです。


派遣会社に払っている金額

それからもう一つ、需要と供給のバランスから見たときに、派遣会社に払っている金額が一つの参考になるのではないかと思います。

まず直接雇用している介護職員の時給を考えてみます。

現状は平均月額30万円(ボーナスや各種手当等含む)とされているので年収360万円。ここから各種手当85万円を引くと年275万円(ボーナスは含む)。

275万円 ÷ 12ヶ月 ÷ 月160時間勤務 = 時給 約1432円

参考:平成30年度介護従事者処遇状況等調査結果
※各種手当85万円の根拠、1ヶ月の勤務時間の根拠等はこちらから




では次に、派遣職員を入れた時に、派遣会社にどのくらい払っているかを考えます。

これ、概ね1時間2000円前後払っています。

2000円のうち1400円前後が派遣職員に、残りが派遣会社の取り分となります。※派遣会社や地域によっても前後します。

つまり、派遣会社からすれば、本来の需要と供給のバランスから見れば1時間あたり2000円くらいが妥当だしそれでも売れる(実際売れている)と判断しているのでしょう。

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需要と供給のバランスから考えられる、本来の水準と実際の給与水準とのギャップ、ここに儲けを得られる『隙』があると判断しているわけですね。※表現がきつくなってしまい申し訳ございません。



3 . 介護職員の適正な給与水準

さて、介護職員の適正な給与水準はいくらか。

私は2つの考えを持っています。

一つは、前述した派遣会社に払っている金額。

この金額を参考にした時、本来の介護職員の給与水準は時給2000円前後(ボーナスは含む、夜勤等手当は含めず)か、あるいはそれに近い額(社会保険料の会社負担分を考えると)が妥当なのではないかと考えます。

2000円×月160時間×12ヶ月=年収384万円。
各種手当を含めると469万円。厚労省基準で言うところの月給39万円。

これくらいの水準にする必要があるのかもしれません。

現状、事業所努力で全職員にそれをすると倒産が相次ぐと思いますけど、それを払えるくらい介護報酬上げてもバチは当たりません。と言うか、介護人材不足解消のためにはそのくらいしないと間に合わないと考えます。


もう一つ参考になるのが有効求人倍率です。

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介護人材の有効求人倍率は全職業平均と比べても著しく高い状態です。

介護人材が世の中の人たちにとって、いざという時のためのライフラインであることを考えれば、せめて全職業平均くらいの水準になるまで、処遇を上げ続けてみてはどうか(いくら位になるかは分かりませんが)と思うのです。



4 . さいごに

繰り返しますが、介護人材はライフラインです。

年々増え続ける家庭での虐待や殺人・心中、施設での虐待、介護離職など。

皆が安心して年を取れる。皆が安心して家族の面倒を見つつも仕事や子育てや自分のことに没頭できる。

介護人材をテキトーに扱うと言うことは、こうした皆の人生の基盤が脆弱になると言うことを、どうか忘れないでほしいです。


※今記事は厚労省調査の数値、全体平均を参考にしているものなので、実際に皆さまの体感とは大きな乖離がある場合がございます。介護職員の給与は地域や事業形態などで大きく変わります。

※財源論については、話が複雑かつ広範囲に及んでしまうため、この場では言及致しません。この記事はあくまで介護分野に目を向けたとき、人材確保のためにはこうした方が良いと言う私の考えをまとめたものです。

※今記事の情報は、まだ特定処遇改善加算が反映される前の段階のものです。さらに処遇が上がった調査結果が今後発表されることになると思われます。