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介護の現場から リーダーのためのブログ

「穏やかな老い・穏やかな死へのサポート」について法令にも明記する事が必要だ【持論】

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久しぶりの更新になります、yuです。

最近はもっぱらTwitterで遊んでました、すみません。

さて、そんなTwitterをしている中で、色々と論争と言いますか、ちょっと話題になった事がありました。

自立支援を積極的にやっている施設の事例なのですが

やってる側は「今までの療養上の世話に終始した介護は古い!あれは介護じゃない」とこき下ろす、逆に介護度の高い利用者を見るような施設の人は「それ軽度のお年寄りだからできる事でしょ、うちらの事こき下ろすのは筋違いじゃないか」と反発する(私は特養勤めなので後者寄り)。

これについては、どちらが正しいとかではなくて、施設形態によって人員配置やできる事も、お年寄りの状態も違いますから、お互いできる努力をやればいいんじゃないか、どちらかをこき下ろす必要ないよね、というのが私の結論なのですが…

この件に限らず、例えばオムツゼロとかもそうなのですが、介護業界には自立支援を理由にこれまでの介護を否定したり、普通に介護している人に劣等感を抱かせるようなことを言ったりして「何か新しい素晴らしいことやってるぜ!これからはこれだ!」というようなムーブメントが時々起こります。

参考過去記事▼

「療養上の世話は古い」とか、「オムツゼロ」とか、あとは私がよく言う「無理やり食事介助」とか…

それぞれ別個のことですが、実はこれらの問題が暴走する要因にはある共通の法則があります。

では詳しく解説していきましょう。

[目次]

 

 

1 . 現行法を見てみる

これらの問題が暴走する共通点、辿って行くとそれは介護に関する法令に起因します。

介護保険法

ではまず介護保険法を見てみます。

介護保険法の目的は以下のように書かれています。

この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。

第一章 総則(目的)第一条 より

 
施設の目的については以下のように書かれています(私の勤める特別養護老人ホームは、この介護老人福祉施設に当たります)。

この法律において「介護老人福祉施設」とは、老人福祉法第二十条の五に規定する特別養護老人ホーム(入所定員が三十人以上であるものに限る。以下この項において同じ。)であって、当該特別養護老人ホームに入所する要介護者に対し、施設サービス計画に基づいて、入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行うことを目的とする施設をいい、「介護福祉施設サービス」とは、介護老人福祉施設に入所する要介護者に対し、施設サービス計画に基づいて行われる入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話をいう。

介護保険法 第8条 27  より

 

運営基準 

次に、厚生労働省令『特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準』を見ると、このように書いてあります。

特別養護老人ホームは、入所者の処遇に関する計画に基づき、可能な限り、居宅における生活への復帰を念頭に置いて、入浴、排せつ、食事等の介護、相談及び援助、社会生活上の便宜の供与その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行うことにより、入所者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにすることを目指すものでなければならない。

(基本方針)第二条 より

 
このように現状の法令を見てみると、特養の役割は大まかに言うと「日常生活上の世話、健康管理、機能訓練、療養上の世話→自立支援」とされているわけです。



2 . 法令に沿ってノウハウは進化する

介護における様々な方法論の開発や進化は、根本となる法令に沿って行われます。下の図のようなイメージです。

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社会保障制度の一環ですし、基本的にはその法令に沿った行動しか許されません(当たり前ですが)。

冒頭に見た例もなども、すべてこの流れに沿って行われている事なのです。

現行法を読み解くと、特養の役割は「日常生活上の世話、健康管理、機能訓練、療養上の世話→自立支援」であると言いました。

  • 療養上の世話に終始してはいけない→自立支援の促進
  • オムツゼロ→自立支援
  • 無理な食事介助→健康管理

と言う具合に、どれも一応は本来の方針に沿った行動であると言えます。法令に沿って、どうすればそれをより高度に実現できるかを考えていった結果なのです。

ただ本人の老いやQOLを無視して、苦痛を伴わせてまで行おうとするのはやはり問題だと思うのですが…



3 . 死に向かうことは前提とされていない法令

実は今の老人ホームに関係する法令には、どこを見ても死に関する記述はありません。

これはよくよく考えると不思議な事です。老人ホームにいるお年寄りがいずれ亡くなることは、誰にでも想像に難くないと思います。

死に向かう最後の最後のサポートを担うのは病院の役割と言うことでしょうか?

答えは「いいえ」です。

平成18年に新設された看取り介護加算の影響もあり、徐々に施設で最期を看取ること、終末期においては必ずしも病院で死と戦うだけが道じゃないと言うことが認知されるようになってきました。

実際に、介護施設で亡くなる方は年々増えてきています。f:id:sts-of:20180727223321p:plain
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また、現在では約7割の老人ホームが看取り介護を実施しています。*1

この看取り介護の実施にあたって参考になるものとして、全国老人福祉施設協議会が『看取り介護指針・説明支援ツール』というものを発行しています。

この中に以下のような事が書かれています。

◎ご入所者の状態の変化については、日頃から多職種で共有し、ご家族にも情報を提供していく。
例 : 食事量が減っている、体重が減少傾向である、微熱が続く、時々高い熱が出る、排泄物の量・色・性状、浮腫、冷感、元気がない、活気がない、無気力、体力が落ちている、発語の減少、表情が乏しくなっている、傾眠傾向など

このように食事量の低下について触れられています。しかしここでは、食事を無理やり食べさせたり、食べない人に説教したり、そのような事が起こるとは想定していないようです。

その為でしょうか、介護現場ではこのような不思議な現象がしばしば起こっています▼

はっきり言って、この指針・ツールではまだ不十分です。

法令において、高齢者介護においていずれ訪れる死が前提とされていない、もっと言うと「穏やかな死へのサポート」について、きちんと法令に明記されてない、実はこれこそが大きな問題なのではないでしょうか。

特養の役割として、法令に『「穏やかな老い」「穏やかな死」に対してもサポートする』と言うことを何らかの形で明記する必要があると思います。

「法令に明文化→方法論の検討・開発→一般化」

私がよく悩んでいる食事介助一つとっても、どこまでが無理のない介助なのか、その判断やさじ加減は職員によって違いますし中々コンセンサスを得られません。「穏やかな老い、穏やかな死」が法令に明文化されていないから、方法論が確立されないのです。

「穏やかな老い・穏やかな死に対するサポート」が明文化されれば、穏やかな老いって何だろうね?穏やかな死って何だろうね?と言う疑問が必ず生まれます。

そこからそれらを叶えるための手段、すなわち方法論(介護論)が検討され、今よりもノウハウとして蓄積されていくはずです。

その中でも、生き死にに直結する食事介助に関する内容はかなり大きなウェイトを締めることになるでしょう。



4 . より現実に則した法令が必要だ

法令は理想や理念を記すことと合わせて、より現実に則した形であることも求められます。

先ほど引用した厚生労働省令『特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準』をもう一回見てみて下さい。

特別養護老人ホームは、入所者の処遇に関する計画に基づき、可能な限り、居宅における生活への復帰を念頭に置いて、入浴、排せつ、食事等の介護、相談及び援助、社会生活上の便宜の供与その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行うことにより、入所者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにすることを目指すものでなければならない。

(基本方針)第二条 より

そう、本当は元気になったらまた自宅に戻ろうと言うのが基本方針なのです。

利用者本人の思いを考えれば大切な視点ではありますが、実際にはかなり難しいですし、面倒を見る家族が望まない(望んでもできない)場合がほとんどでしょう。

施設によって在宅復帰への取り組みの意欲には差がありますが、私が特養で10年ほど働いた中で、実際に在宅復帰を果たした人はゼロです。

1000人中1人もいるのか?そのくらい稀なことなのです。

このような稀少なことが介護保険法には基本方針として書かれていて、ほとんどの人に訪れる老いや死については言及されていない。

これって果たしてどうなんでしょうか?



5 . さいごに

介護の仕事は、高齢者の生老病死の経過を(本人の意向に沿いながら)どれだけ穏やかにしてあげられるかが勝負です。最も重視するべきは「長く生きる」ではなく「死ぬ瞬間までのQOL」です。

機能訓練も、健康管理も、自立支援も、目的ではなく手段です。

「死ぬ瞬間までのQOL」を念頭においた時、積極的な介入を一生懸命やるのも手段の一つですし、あえてやらないと言うのも手段の一つとなり得るのではないでしょうか。

 

 

*1:参考元:厚生労働省「平成27年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査(平成27年度査)」