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色々誤解も生みそうなので少し補足をさせていただきたいと思います。
前回私が否定的な書き方をした、おむつ外しや自立歩行の促し等、いわゆるADLの維持向上に資する取り組みに対して報酬加算を行うという事について。
国がこれを行うに至ったのには「衰えることを許さない」以外にも理由があります。今回はその背景についても少し触れておきたいと思います。
[目次]
1 . 自立支援のインセンティブが生まれた背景
① 良い介護をすると報酬が下がる?
介護報酬というのは、要介護度が高い方に利用して頂いた方が事業所の収入も多くなる仕組みになっています。
熱意ある事業所や職員が適切な介護を行うことで利用者のADLが上がった場合、その利用者の要介護度は下がるわけですが、そうすると良い仕事をしているはずなのに事業所の収入は下がってしまうという事態が発生します。
つまり、介護事業所は収入面だけを考えるなら、わざわざ利用者のADLの維持向上を目指す動機はないということになります。
「利用者のADL向上に資する良い仕事をすると収入が下がるのはおかしいのではないか」介護業界はこのような声を国に訴え続けていました。
この矛盾に応える意味でも、今回のような加算や評価手法が法整備されたのです。
② 要介護度の変化と、事業所の収入に相関関係はあるのか
しかし、厚労省は「利用者の要介護度の変化と事業所の収入・収支差の変化」について『介護老人福祉施設(特養)、通所介護について分析すると、利用者の要介護度と利用者1人あたりの年間収支差、及びそれぞれの変化の間に相関は認められなかった』とグラフを用いて明言しています。つまり介護事業所側の訴えは根拠のないものだと断じているのです。*1
この分析が正しいとするのなら、自立支援の加算は「本当は意味ないんだけど、サービスの維持向上に頑張ってくれているのは認めるから、とりあえず介護事業者側の言い分にも歩み寄っておくか」と言っているようなものです。
「Aの主張が正しいか、Bの主張が正しいか、とりあえず両方採用しておくか」というその場しのぎのやり方で制度が複雑になっていく事に対して私は憤っています。
今の、そして今後の日本の高齢者問題を考えた時に、そのようなことをしている余裕はないはずです。
2 . 「介護度が高い=介護が大変」とも限らない問題
一方で、同資料において厚労省は『要介護度が改善すると事業所の収入は下がるが、必要な手間も減るため、人件費等も減少する』とも主張していますが、これは私の経験から言うとそう単純なものではありません。
例えば
Aさん
「要介護1。食事、トイレ、入浴等の日常生活動作もほぼ自立」
Bさん
「要介護5。食事、排泄、入浴、全て全介助。ほぼ寝たきり」
このくらい極端な場合だと、その主張は当てはまります。
しかし
Aさん
「要介護3。食事、トイレ等は自立(見守り程度)だが、認知症の症状により家をしばしば出て迷子になる。介助に対して暴力的な拒否がある。歩行不安定でしばしば転倒する。他利用者を殴る」
Bさん
「要介護5。食事、排泄、入浴、全て全介助。ほぼ寝たきり」
このような場合だとむしろ手がかかるのはAさん(要介護3)の方で、Bさん(要介護5)の方が介護者が自身のペースで介護を進められるのでかえって楽だったりもします。
その他にも
Aさん
「施設内は車椅子を自操し自由に移動していた」→「職員付き添いのもと歩行が出来るようになった」
このような事例の場合、ADL的には歩けなかった方が歩けるよう改善されたわけですが、今まで一人で移動できていたものが、付き添いの手を必要とする状態になってしまった、つまりより手間がかかるようになってしまったとも言えます。
歩けるようになる事は健康上も良い影響は様々あるのですが、車椅子でいた時よりも生活自由度やQOLを損なう場合もあるのです。また、今まで以上に転倒リスクが高まることにも留意する必要があります。
これらを踏まえて考えると、実は相当劇的な改善をしない限り「 必要な手間も減るため人件費も減少する」という事は起こりませんし、その劇的な改善に至るまでにはかなりの労働力を投入する必要があるのです。
3 . 要介護度は完璧ではない問題
介護保険サービスを受けるためには、お年寄りは要介護認定(要支援1〜2、要介護1〜5)を受ける必要がありますが、ここで認定される要介護度の妥当性は決して完璧ではありません。
先に挙げた「介護度が高い=介護が大変」とも限らないという問題は、要介護認定のプロセスに関する議論として今までにも上がっていました。
心身の状態が悪化すれば介護の手間の増加につながると考えるのが自然だが、樹形モデルでは、ある認定調査項目を状態が悪い方へ変更した場合に基準時間が短くなる(介護の手間が少なくなると評価される)ことがある。樹形モデルで起こるこの現象は逆転現象と通称され、一次判定ソフトの妥当性をめぐる議論でしばしば取り上げられる。
なぜこのような事が起きるのかと言うと、「お年寄り本人の自立度」に着目して区分けをするか、「介護者の負担」に着目して区分けをするかで、判断に矛盾が生じることがあるからです。
また、介護者の負担というのも身体的・精神的・継続的・突発的・安定的・不安定的な負担など様々な種類があるため一概に一つの物差しで測る事が難しいです。
要介護の段階を5段階に分けそれを基準に制度設計をしていくという、そもそもの根本的な部分についても、今後さらなる検討が必要なのかもしれませんね。
4 . さいごに
そもそも要介護認定は完璧なものではない。
「要介護度の変化」と「介護事業所の収支変化」には、相関関係はない。
という事は、今行っている「自立支援の取り組みに対するインセンティブ」に関する議論自体、もしかしたら不毛な議論なのではないだろうか?
いや、「不毛な議論では?」という結論にたどり着けたのが成果、と捉える事が出来るのかもしれない・・・
オワリ