前回の記事では、自立度高めのご利用者Aさんがキッカケで、より幅広いニーズに応えられる施設になるためにはどうしたら良いか考えている。そもそも利用者にとっての家である老人ホームは、生活を営む上での「めんどくさい事」をことごとく利用者から奪い、もてなしてきた、この「めんどくさい生活」に利用者を巻き込むことで、Aさんに合ったライフスタイルの創出ができるのかもしれない、ということをお話しさせて頂きました。
今回はその続き、うちの施設で実際にできそうな具体案を書いていきます。
[目次]
1 . 利用者が毎日通える「職場」を作る
うちの施設では、洗濯場が地下にあります。
各階で出た洗濯物(入居者の衣類、タオル類)は地下の洗濯場に運ばれ、そこで①洗濯②乾燥③たたみ④そしてまた各階へと返却されます。
この①〜④まで一連の作業は全て洗濯場で、専用のパート職員1名(毎日10:00〜16:00勤務)によって行われています。
この③たたみものの作業のうち、記名の確認が必要ないタオル類(大きなランドリーボックス2〜3台分)に関しては、今後全て利用者にお任せしようというのが、今考えていることです。
それだけです。自分で言っておいて恥ずかしいくらい、なんて事ない計画です。
毎日のイメージ
具体的な手順は以下のようなイメージです。
まず毎日決められた時間と場所(フロアの一角)を設定しておきます。
その時間になると、ランドリーボックスいっぱいのタオル類をいくつも持ってフロアの所定のところに、洗濯場の職員がやってきます。
そこがAさんはじめ数名の利用者さんが毎日通う「職場」となります。
職員は声かけ、利用者をそこにご案内するだけです。
洗濯場職員が見守る中、利用者同士手分けして洗濯物たたみを行います(フロアの一角なので、介護職員もそれとなく様子は見ています)。
洗濯場の職員は、たまに助言を行ったり、たたみ終わった物をまたランドリーボックスに仕舞ったりする程度。仕事を利用者に渡した分、今まで滞っていたボタンの取れた衣類の補修などを、その時間にやってもらいます。
全て終わった後には、お茶とお菓子(報酬的な意味で普段のよりはちょっと良い物を)が出ます。皆で労をねぎらいながら一息つき、談笑。
小一時間したら解散です。
2 . 拘りたい所や注意点
これを行う上で、拘りたいところや注意点は以下の通りです。
①「職場」であることが重要
今現在でも、小さなタオルやエプロンなどは、フロアで利用者にたたんで頂いてます。しかしそれは随時その時やってくれる人にお願いするという形をとっていて、それでやってくれるのは大体が女性です。
Aさんはじめ『能力はあるけどやらない』のは男性が多いのです。
毎日決められた時間にそこに通う、皆でやる「仕事」という場を演出することによって、今までやって頂けなかったような人たちにもプライドを傷つけることなく参加を促せるのではなかと考えます。
② 毎日の習慣であることが重要
前回、うちの施設は基本的な身体介護以外何もやっていないかのような書き方をしましたが、そんなことはないんです。
毎週ボラさんが喫茶店やってますし、毎月クラブや行事など何かしら複数やってますし、近隣の保育園〜小中学校との交流も盛んですし。
でもそれって、たまに、やってあげてる類のものなんですよね。
課題に上げたAさんは、毎日の習慣の問題なんです。そしてやってもらって楽しかったじゃあまり意味がないのです。
毎日、何かしらの役割を持って、自らのエネルギーを消費しないことには幸せも感じられないし、監獄のような気分も変わらないだろうなと思うのです。
③ 報酬も重要
作業が終わった後の報酬も大事です。
本人の喜びややりがいにも繋がりますし、それがその後の活動を継続しようという動機にもなります。
特に、これまで家事をせず仕事一筋だったような男性は、ここをしっかりしないと活動そのものが定着しない可能性もあります。
報酬の形は有形無形さまざまですが
- 作業が終わった際には必ず感謝の念を述べる
- お茶とお菓子(普段出しているものより良いものでもいい)を出す
- 互いに労をねぎらい談笑する
と言ったものです。
当たり前のことのように思えますが、これを意識して行うことは大切です。
せっかく働いたのになんのリアクションもなかったら、かえって嫌な思いをしたという負の印象を植え付けることにもなり得ますし、習慣になる前にそうなってしまうと活動は長続きしません。
なるべくやらされてる感なく一緒にやっていただけるよう、配慮します。
④ できる人だけ
付くのは洗濯場の職員ということもあり、介護職員が付きっきりでないと作業できないという方は、申し訳ありませんが一旦対象者からは外させて頂きます。
簡単な声かけと説明で、あとは自らできる人にのみ、お願いします。対象者は全体の1割弱くらいの人数になる予定。
⑤ 日常の、目の前の介護を疎かにしない
前編でも参照したこちらの図▼
多くの介護施設が失敗に陥る理由の一つに…
図の下の方の日常的な地味でつまらない介護を疎かにして、あるいは古い介護と否定して、『何か利用者(と介護職たちの)の自己実現のためになることをやろう!』という類の取り組みをしてしまう、ということが挙げられます。
普段やっていることを肯定できず自虐する様は、この業界の病巣とも思っていますが、それはまた。
マンパワーをかけてプラスアルファの取り組みをする。そのために日常の介護や職員の労働環境が犠牲になるということは避けなければなりません、それらを犠牲にしてまでやることではないと思っています。
⑥ マンパワーの投入量は増やさない
この件に限ったことではないですが、今回の取り組みの方向性は『めんどくさい生活に利用者を巻き込む』ことです。
ですので、職員が何か『してあげる』ことではない。
あくまでオペレーションを少し変え、場を作り、促し、やってくれた事には感謝する、それだけなのです。
⑦ 継続可能な「仕組み」を
担当者が頑張っているうちは行われるけど、いなくなったら行われないというのことでは「仕組み」とは言えません。
特養だけど、毎日(特定の)利用者が通える仕事場がある。様々なニーズを持った利用者に、今よりは幅広く応えられる。
細く、長く、仕組みによってそのような状態が維持されることを目指します。
新たにマンパワーを投入するのではないとしつこく言っているのには、そのような意図もあってのことなのです。
3 . その他の広がり
老人ホームの主体者は、そこで生活する利用者である。改めてこう考えると今までとは違った可能性も色々と見えてきます。
例えばお祭り。うちの施設では夏と秋の年2回、地域の人たちを招く大きなお祭りをしています。
目的は利用者に楽しんで頂くことと、地域の人たちに楽しんで頂くこと。
模擬店を出し地域の人たちや利用者に振る舞う。夏は盆踊りを行い、利用者は一緒に踊ったり、来賓席のような専用席から眺めたりする。
これまで運営は全て職員とボランティアによって行われており、利用者もお客様という扱いでした。しかし、施設が(そこで暮らす利用者が)地域の方々を振る舞うのだと考えた時、A様含め利用者にも模擬店スタッフ側に入って頂いて、商品の受け渡しくらいはして頂いても良かったのですよね。※利用者が店先に立つというのは前回紹介した某サ高住のマネです。
疲れたら店の内側で腰かけて、たこ焼きを食べたりしててもいい。
利用者に応じて参加の仕方にも幅があっていいんですよね。
4 . さいごに
困った利用者A様が、自らの可能性を発揮しながら充実した毎日を過ごせる、そのようなライフスタイルを支援するにはどうしたら良いか。
そんなところから始まった『めんどくさい生活に利用者を巻き込む』『してあげる場から共に営む場に』構想、からの『毎日通える仕事場がある』という計画。
現在、上司・フロアリーダー・介護士・洗濯場職員などに徐々にこの構想を話し、意見を聞きいたり、反応を伺ったりしながら、根回ししているところです。
うまくいくかどうかはまだ分かりませんが、職員の話だとA様以外にも潜在的なニーズはけっこうありそうです。
今回の取り組み、大げさに言うと、うちの施設にとって老人ホームの在り方、ケアの在り方をも見直す機会にもなるものだと考えています。
利用者はお客様ではなく主体者である。私たちが行うのはケアであって、おもてなしや施しではない。
現場職員だけでなく、施設長はじめ上司たちにも、これを行う意味をしっかりとお伝えして、理解を得られるよう努めてみたいと思います。
うまくいきますように…