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介護の現場から リーダーのためのブログ

『介護の生産性』に対する強い懸念、怒れる介護福祉士の主張

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こんにちはyuです。

最近はユニットケアに関することを連載のように書いていたのですが、ちょっと中休みで、今回は違うことを書かさせていただきます。どうしても気持ちを吐き出したかったので、すみません。

先日職場にある平成31年1月1日
付のシルバー新報(いわゆる業界紙)を見ていたところ、以下のような内容が掲載されていました。

タイトル
『どうする?介護の生産性向上』避けられない効率化 人員削減と表裏一体

 人口減少による深刻な労働力不足に立ち向かうため、政府が外国人労働者の活用以前に性急に取り組むべきとしているのが、「生産性の向上(革命)」だ。安倍首相自らアベノミクス最大の勝負事項と位置付けている。

 厚生労働省は2018年5月、政府の経済財政諮問会議で2040年の社会保障のマンパワーシミュレーションを示した。そこでは医療や介護を必要としない高齢者が増えれば就業者数は見込みより81万人減、さらに労働の生産性が5%上がることによっても53万人程度減らせるとしている。ICTなどを活用することで平均では3対1の人員基準を下回る2.7対1の配置で運営できている特養があることを前提とした。

以下省略

※平均では3対1との表現がありますがこれは記事の間違いです。実際には平均で2対1であり、経済財政諮問会議資料にもそのように記載されています。


これを見て皆さんはどう思われるでしょうか?


この話の発端は平成30年5月21日に行われた平成30年第6回経済財政諮問会議です。また、その後7月26日に開催された第74回社会保障審議会 介護保険部会 でもこの事については資料に出てきます。

随分と前のことにも関わらず、私は介護業界の今後に関わる懸念事項に対し無頓着であったことを強く後悔しました。本当に情けない。

今回は、ここで語られている『介護の生産性』と、その中身について色々言いたいことがあるので綴りたいと思います。

 

[目次]

 

 

1 . 生産性とは何か

この業界でも、随分と『生産性』という言葉を見聞きするようになりました。

介護は生産性のある仕事?ない仕事?とか

仕事の生産性が低い、高い、とか

この言葉を使う場面や人によっても、言葉の定義は曖昧だったりしていますので、一旦言葉の定義から振り返ってみたいと思います。

ウィキペディアを見てみると、このように書いてあります。

生産性(せいさんせい、Productivity)とは、経済学で生産活動に対する生産要素(労働資本など)の寄与度、あるいは、資源から付加価値を産み出す際の効率の程度のことを指す。

一定の資源からどれだけ多くの付加価値を産み出せるかという測定法と、一定の付加価値をどれだけ少ない資源で産み出せるかという測定法がある。

たまに介護の仕事に対して「生産性のない仕事だ」という言い方をする人がいますが、生産性とはここにも書かれているように『効率の程度』を指す言葉なので、仕事のジャンルによって「生産性のある仕事」「生産性のない仕事」という考えは本来適切ではありません。どのような仕事でも需要があって供給がある、ただそれだけ。

ひとまずここでは、生産性が高いか・低いかという考えのもと、話を進めていきたいと思います。



2 . なぜ介護の生産性が求められているのか

なぜ介護業界においても生産性の向上が求められているのか。

それは冒頭紹介した記事にもあるように、人口構造の推移によるものです。お年寄りの割合が今後も増え、対してそれを支える労働者人口は減っていく。

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出典:第74回社会保障審議会 介護保険部会 資料(赤線は筆者にて加筆)

このように、今後社会保障に割けるリソースはどんどん萎み、人手不足が悪化していくことが予測される情勢で、これをいかに乗り越えていくかということが、喫緊の課題として議論されています。

これに対する主な方策として挙げられているのが、自己負担額の見直しであったり、健康寿命の増進や介護予防(高齢者がなるべく医療や介護の手を借りなくてもいいようにする)であったり、介護事業の生産性の向上(なるべく少ない労働力で多くの人を見れるようにする)であったりするわけです。


 

3 . 介護の生産性ってなんだろう?

さてここで、今一度介護の生産性ってなんだろう?ということを考えてみたいと思います。

これが結構難しい問題なのです。

もう一度、先ほどの資料を見てみます▼

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出典:第74回社会保障審議会介護保険部会 資料(赤線は筆者にて加筆)

 

発端となっている平成30年5月21日に行われた経済財政諮問会議の資料はこれです▼

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出典:平成30年第6回経済財政諮問会議 資料(赤線は筆者にて加筆)



ここでは介護の生産性を『サービス産出に要するマンパワーの投入量』と定義づけているんですね。

これ、実はものすごく怖いことを言ってると思うんです。

生産性とは本来、一定の資源からどれだけ多くの付加価値を産み出せるか、ということです。

昔から課題なのですが、介護においてこの付加価値とはなんぞやという所を説明・証明することが中々難しい。

例えば、単純に投入したマンパワー量だけに着目するのであれば、「人員を減らして、結果利用者の健康状態が悪化したり、忙しくてイライラした職員に当たられたり、不幸なお年寄りが増えました」という事であっても生産性が向上したと言えてしまうわけです。

付加価値の証明。比較的図り易いところではリハビリなどの介護予防や自立支援が挙げられますが、これも寄る年波には勝てなかったり、本人の意向を無視した無理な介入は拷問にもなり得るし。

いかにして介護の中身・質の部分を第三者にも分かるように説明していけるかが課題と感じています。


シルバー新報の同記事では、厚生労働省老健局・黒田秀郎総務課長の発言も掲載されています。

「人員配置基準が引き下げられるのかと不安の声もあるようだが、生産性の向上は人を減らすために行うのが目的ではない。介護現場が抱える課題を働き方を変えることで解決し、魅力的な仕事であることを発信していくことが重要」

氏の発言によれば、単純に人手を削減しようとしているわけではないという事ですが、正直どこまで信用していいのか…不安です。



4 . 効率化には賛成なのだけど…

私もICTの活用などで事業が効率化していくことには大賛成なんですが…

シルバー新報の同ページに、このような別記事が掲載されていました。

タイトル
「運営から"経営"へ 転換の契機に」PWCコンサルティング合同会社公共事業部マネージャー 安田純子氏

人員配置基準は介護保険以前から変わっておらず、それが適正かどうかも十分検証されていません。介護サービスの質は本来、職員の人数で決まるものではないはずです。長時間おむつをつけっぱなしにしていないか、寝かせきりにしていないか、リハビリによって機能の維持・向上が図られているのか---。そう言った「アウトカム」の視点で評価される報酬体系としていくことが必要です。

 
まず「人員配置基準は介護保険以前から変わっておらず〜」という発言ですが、私もそれが適正かどうかは見直しが必要だと感じています。

明らかに3対1では職員が少ないですから、だから多くの事業所では2対1くらいでやっているわけなので。

ただこの文脈ですと、氏はもっと人員少なくしてもいけるのでは?と思っているのかな。

「介護サービスの質は本来、職員の人数で決まるものではないはず」とも言っていますが、これは間違っていると思います。

介護の質は『職員の人数×質』で決まります。

どんなに優れた介護士でも一人ではどうにも出来ないことが沢山ある、超労働集約型産業であるというのが、この仕事の性質です。

複数の方の食事介助しながらその他の方の見守りや下膳や口腔ケア、やれば分かる。

云十名の寝たきりの方のオムツ交換、入浴介助、やれば分かる。

夜間、不穏の方の暴力対応中に、転倒注意の方のフットセンサー鳴動、どこかの居室から便臭、熱発者の看病、転倒事故に遭遇、やれば分かる。

安田氏の言う「長時間おむつをつけっぱなしにしていないか、寝かせきりにしていないか、リハビリによって機能の維持・向上が図られているのか」ということが出来るかどうかも、職員の人数ありきなんですよ。


先ほど挙げた経済財政諮問会議の資料でも「2.7対1程度の人員配置で運営を行なっている施設もある」との記載がありましたが、この数値が参考物として出てきたことに、私は大変驚き、そして恐怖しております。

2.7対1程度の人員配置でやっている施設もある・・・だからといって2.7対1でもうまくいっているとは書かれてませんよ?

法令で定められている人員配置基準『3対1以上』というのは、介護士看護師などの直接処遇職員のことを指します。相談員や事務員は含みません。*1

実際効率化の効果が著しく感じられるのって主に事務作業、直接介助以外の周辺業務なんですよね。介護の効率化(生産性の向上)を考えるときに、直接的な介助業務と周辺業務をしっかり区別して語らないと、大変なことになると思うのです。

あとは効率化というよりは、直接介助以外の例えば行事であったり余暇活動であったり委員会であったり、作文のように長い記録であったり、今やっていることに優先順位をつけて、どう削るかという話になってくると思います。

正直私の知識見識の及ぶ範囲では、直接介助に関わる部分というのが劇的に効率化する姿はまだ想像出来ないのです。


勤務を組むために最低限必要な職員数を計算すると「〇対1」になるか計算してみる

ちょっとオマケで計算してみたいと思います。

これからメインストリームになろうとしている?ユニット型特養を例にあげます。

2ユニットで

  • 早番(7:00〜)が一人ずつ
  • 遅番(13:00〜)が一人ずつ
  • 夜勤者(22:00〜)が一人
    計5人

これが1日を繋ぐ上で最低限必要な人数です。ただし、この人数では入浴介助や余暇支援や委員会や会議や休憩時間などを考えると全然足りませんが。

5人 × 365日 =1825(←年間で必要な労働力延べ人数)

職員の年間休日を120日と仮定した場合、年間出勤は365−120=245日

1825 ÷ 245 = 7.4

つまり、単純に常勤職員だけだとして、勤務を回す上で最低8人の職員が必要なことがわかります。7人になった時点で、どこかしら勤務の組めない日が出てきて残業決定です。

最低限の勤務を組むだけでも、「利用者20人:職員8人」=「利用者2.5:職員1 」です。実際にはここに看護師の人数や全体を統括する役職者も加えなければいけませんから「利用者2.4:職員1」くらいになるかもしれません。

より少ない人手で大丈夫な従来型特養のうちの施設でも「利用者2.2:職員1」くらいで運営していて、それでも余裕全然ないですからね。

2.7対1を参考にしてそれを目指したときに、介護現場がどれほど過酷なものになるのかは想像に難くありません。恐怖しかないです。



5 . 日本の介護の生産性は低いのか?

そもそも日本の介護現場の生産性って、中々に高いと思います。

以前ブログでも紹介したように、スウェーデンであれば「利用者1.2:職員1」、日本は「利用者2:職員1」、これでスウェーデン以上に充実したサービスを提供しようとしているのですから、これ以上私たちを酷使します?っていうのが率直な感想です。

参考書籍▼

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

 


もちろん、この一国一事例のみでもって語るのはやや乱暴であることは自覚していますが。

現場職員と経営層、経営層と行政、この盾のつながりに関してよく思うのですが、現場を離れれば離れるほど、人をみるという仕事の重みに対してすごく安易に楽観的になっていくんですよね。私自身、役職がついて現場を離れることもある立場になりましたが、こういう感覚になっていく自分自身に強い危機感を持っています。

まぁ何とかなるんじゃない?という認識。何とかなりませんからね。



6 . さいごに

介護業界は、この懸念に対して強く声をあげる必要があると思います。

具体的にどうしたら良いのだろう?というところが私も分からなくて悶々としているのですが。

第74回社会保障審議会介護保険部会の資料にある委員名簿を見てみると、私の立場に最も近い人としては、石本淳也氏(公益社団法人日本介護福祉士会会長)、桝田和平氏(公益社団法人全国老人福祉施設協議会介護保険事業等経営委員会委員長)が参加者に名を連ねています。

ぜひ、政策にご意見可能な業界団体の皆様には今後のご活躍期待したいところです(こんな他力本願じゃダメですかね)。