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スウェーデンの老人ホームとの比較から、日本型ユニットケアの問題点を考える【書籍紹介】

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こんにちはyuです。

少し前のことになりますが、このようなニュースがありました。

埼玉県は3日、特別養護老人ホーム(特養)の整備計画などを検証する県議会の特別委員会で、今後認可する特養について、10床をひとまとまりにして手厚い介護をする「ユニット型」と呼ばれる個室を実質減らす方針を示した。国はユニット型の整備を重視するが、自民党県議団の強い意向で県が方針転換した形だ。
〜中略〜
従来型は入居費用が低く抑えられ、ユニット型よりも従来型を希望する入居希望者が多いとの声が施設にはある。

出典:特養整備、ユニット型減らす方針 埼玉県が方針転換:朝日新聞デジタル(2018年7月4日)

これまで国はユニット型特養の設置を推進してきました。2001年以降、新設される特養はユニット型のみという形だったのですが、ここにきてその方針に陰りが見え始めています。

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出典:「社保審-介護給付費分科会 第143回(H29.7.19) 参考資料2」より


上のニュースでは、利用者にとってユニット型特養は金銭的負担が大きく、従来型特養を希望する人が多いことがその理由としてあげられています。

私はどちらの施設でも働いたことがあるのですが、この利用者負担以外にも様々な理由から今のユニット型特養を続けていくのには無理があると感じています。

今回は、岡田耕一郎・岡田浩子著「スウェーデンの老人ホーム 日本型ユニットケアへの警鐘」を参照し、日本とスウェーデンのユニット型施設の違いを見比べながら、いま日本のユニット型施設が抱えている問題点について考えていきたいと思います。

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

 

※ユニット型と従来型の違いについては、ある程度基礎知識がある前提でこれからの話を進めさせていただきます、ご了承ください。

 

[目次]

 

 

1 . ユニット型特養、運営の難しさ

以前私のブログでも書いたのですが、ユニット型特養の運営は従来型に比べるととても難しいです。

全ては書ききれませんが、いくつか思いつくものを以下に記します。

 

① 職員が退職した時のダメージが大きい

ユニットケア最大の特徴は、これまでの「大人数の利用者 対 大人数の職員(従来型)」のケアから、フロアをより小さい単位に分け「少人数の利用者 対 少人数の職員」のケアに改めた点にあります。

1ユニット10名の利用者に対し、ユニット専従の職員を5〜7名配置し、このメンバーでシフトを組み、毎日のサービスを提供しています。

そうすることでこれまでよりも職員と利用者がより馴染みのある関係を築くことが出来、よりきめ細やかなケアができるのではないかと言うことです。

しかし、この少人数制は、職員の病欠や退職などのトラブルにはひどく脆弱であるという弱点も併せ持っています。

100人中1人辞めたら1%のダメージ、10人中1人辞めたら10%のダメージといったイメージです。

この理屈は、実際に働いてみるとよく実感できます。 


② 残業やフロア異動などの職員負担

(シフト作成上の詳しい説明はここでは省略しますが)先に説明した通り、一人が辞めたり病欠した時のダメージはユニット型の方が大きいです。

そして、それを補うために長時間の残業やフロア異動という手段をしばしば用いることになるのですが、従来型施設であればそこまでのことをしなくても何とか乗り切れることが多いのです。

頻繁に起こる残業や異動は職員のストレスになることはもちろん、経営的なダメージ、利用者にとっても安定したサービスが提供されないなどのデメリットがあります。

異動までしない場合でも、他フロアからヘルプの職員を出して対応することがあるのですが、普段あまり接することのない職員が対応するため「より馴染みのある関係を築きよりきめ細やかなケアができる」といった当初の目論見も崩れます。


③ 人材育成が難しい

従来型施設の場合、同じ空間に複数名の職員が仕事をしています。互いの顔や働き方が見えるため、先輩が後輩の仕事ぶりを見守り指導しながら仕事を進めていけます。後輩も、周りの先輩職員の仕事を観察しながら学ぶことが出来ます。

ユニット型ではワンオペの時間が長いため、教える方教えられる方双方のコミュニケーションや気づきが少なくなるため、どうしても個人の資質に頼らざるを得ない状況になります。

適切な介護が出来ているか、虐待が起こっていないかなどチェックの目も行き届きにくくなります。


④ 形骸化した個別ケアの理念

ユニット型施設は「在宅生活からの継続性」「個々の生活リズムに合わせたケア」「集団的ケアの脱却」などを目指しており、またそれを売りとしています。

しかし、なにぶんワンオペ時間が長いために、実際には朝同じ時間に起こす・同じ時間に食事をする・一人の方を対応している間は他の方を対応できないなど、ユニット型と言えど、ある程度はこれまでと変わらない、職員都合のサービスを行わざるを得ない状況です。

理想と現実のギャップに現場職員に対し憤りを見せる経営陣や家族、理想を目指すも実現できずに打ちのめされる職員…、そのような悲しい状況の施設も多いのではないでしょうか。


⑤ 人材確保の難しさ

ユニット型の施設でそれなりに充実した理想のケアを行おうと思ったら、中途半端ではなくかなり人員を厚く配置しなければなりません。

少しでも人員が足りない状況になると先に説明したように、途端に理想のユニットケアは破綻しますし、職員にとっても残業などの負担が発生し易いという脆弱性があります。

このような状況の中、いま介護業界は人材確保難です。東京に限って言えば有効求人倍率は約7倍。人手が沢山必要なのに、その人手が市場にそもそもいないという問題があります。

すると従来型と比べた時に、フロアを一部閉鎖せざるを得なくなるという経営的なリスクも高くなります。

フロアを閉鎖せざるを得ないということは、地域の介護ニーズにとっても受け皿が減ることを意味しますから当然デメリットです。



2 . スウェーデンとの比較

次にこちらの書籍を参考に、スウェーデンのユニット型施設と日本のユニット型施設のサービスについて比較していきたいと思います。

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

 

これまでの日本の老人ホームの『従来型』→『ユニット型』への変革は、福祉大国と言われる北欧の手法に倣って行われてきたものです。

それなのになぜうまくいかないのか。

本場と言われる国では先にあげた様々な問題に対して一体どのように対応しているのでしょうか。

今一度改めて、見本に忠実にユニットケアの何たるかを学ぶことで、日本のユニットケア施設の抱える本当の問題点が見えてくるはずです。


① 食事

スウェーデンの老人ホームでは、朝(8:00)・昼(12:00)・夕(16:00)・夜食(19:00)の1日4回、食事が提供されます。

本で紹介されている施設では、朝食と夕食は施設職員が調理し、それ以外は委託業者から仕入れる形をとっています。

食事の内容ですが、朝夜はオープンサンド(スライスしたパンにチーズやジャムをつけたもの)やオートミールの粥、チーズ、サワーミルクなどの食事に、ジュース、牛乳、コーヒーなど飲み物がつきます。

昼と夕は、米やジャガイモなどの主食に、主菜が一種類、付け合わせの野菜などが一皿に簡素に盛られて提供されます(昼食時には食後デザートやコーヒー紅茶なども提供されます)。

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日本では、朝(7:00すぎ)・昼(12:00)・おやつ(15:00)・夕(18:00)くらいが一般的でしょうか。メニューはご飯、味噌汁、主菜、副菜が2〜3皿、お茶、といったところ。

一食一食のこだわり、品数、彩り、栄養バランスなどは日本の方が圧倒的に手間がかかっています。

本には実際のスウェーデンの食事の写真が掲載されていますが、たぶん同じ食事を日本で出したら苦情になります。


② 入浴

スウェーデンでは、利用者の居室ごとにシャワールームが設置されています。浴槽に入る習慣がないため個室に浴槽は設置されていません(例外用に施設に一ヶ所浴槽設備がある)。ほとんどの利用者はこのシャワー浴を週1回行っています。

日本では、ユニットごとに浴室が設けられており、シャワー〜浴槽で温まるまでの介助を行います。また、日本は週2回以上の入浴が義務付けられています。

つまり、入浴介助の質も頻度も、日本はそれぞれ2倍(合わせて4倍?)のサービスを提供しています。


③ シーツ交換

スウェーデンでは、基本的に2週間に1回シーツ交換を行います。汚れが目立つ時には2週間を待たずに交換されることもあり、次の交換予定日はその日から起算して2週間後という風になっているようです。

日本の施設ではユニット型従来型問わず、週1回の頻度+汚れが目立つ時、が一般的です。

ここでも日本の方が倍手厚い対応をしていると言えます。


④ 年間行事

スウェーデンでは、新年のお祝い(1月)、復活祭(3〜4月)、夏至祭(6月)、ルシア祭(12月)、クリスマス(12月)、があるそうです。個別のお誕生日のお祝いなどは行われず、家族が面会に来て行うのが普通だそうです。

日本では、1月(新年の祝い、初詣)2月(節分)3月(ひな祭り)4月(花見)5月(鯉のぼり、菖蒲湯)7月(七夕)8月(夏祭り)9月(敬老会、お月見)11月(秋祭り、紅葉狩り)12月(柚子湯、クリスマス、餅つき、忘年会)等々…けっこう毎月のように行事を行っています。

これは厚労省令『特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準』において季節行事の実施が義務付けられているためです。
※運営基準には毎月実施するようにとは書かれていないが、施設の良心?によって多くの行事や季節の飾り付けなどが行われている。

また、利用者の誕生日ごと(あるいは月ごと)に誕生日会を開催している施設も多くあります。

年間行事に関しても、日本の方が充実していると言えるでしょう。


⑤「寄り添い」に対する考え方

著者の取材によると、スウェーデンでは『そもそも利用者と職員は家族の関係ではなく仕事として介護サービスを提供しているだけ。自分でできることは自分でやるべきという共通認識があり「自分でできるでしょ」という言葉も日常的に使っている。家庭的な寄り添う介護を行う義務はない、そのためか職員の行動は利用者に無関心なようにも見える』と書いています。

おそらくこの対応も日本がそのまま真似をしたら「冷たい」「サービス精神に欠ける」と苦情を受けそうですね。

自立支援の観点から良い悪いかは別にして、どうも親切丁寧・色々と親身にお世話をしてくれる、というのは日本人的な優しさ・心配りのようです。


⑥ 人員配置

日本では、直接処遇職員(看護師及び介護士)と利用者の割合を1:3以上にすることが義務付けられています。

しかし実際には1:3では人手が足りず勤務が組めません。ある実態調査によると、施設の配置状況は、従来型特養で概ね1:2.3、ユニット型特養では1:1.9となっており基準よりだいぶ手厚く職員を配置しているのが分かります。

一方スウェーデンでは、著者が訪れた施設では1:1.2の人員配置が確保されていたそうです。

スウェーデンの方が驚異的に手厚い人員配置と言えます。

例えば100床という規模の施設の場合、この数値を0.1上げるためにはフルタイム職員を2人補充する必要があります。1.9から1.2にするためには14人新たに職員を雇い入れる必要があるということです。

計算方法は以下の過去記事に詳しく書いてあります▼
www.sow-the-seeds.com

介護は普通にしていても人件費率の高い業種です(概ね60〜70%)。ここから更にスウェーデン並みに人手を増やすには、よほど介護報酬が高くならない限り無理です。



4 . 日本型ユニットケア、本当の問題点

ここまでの説明で、もう十分お分り頂けたかと思います。

日本のユニットケアが難しく行き詰まってしまう最大の原因、それは福祉大国北欧よりも少ない人手で、福祉大国北欧よりも手厚いサービスを行おうとしてきたからに他なりません。 

この実態を知ると、日本は介護労働者に対して随分とひどい扱いをしてきたものだと、強い憤りを感じます。

介護は超労働集約型産業です。職員の資質ももちろん大切ですが、それ以上にサービスの質に最も大きな影響を及ぼすのは量的な人手です。

介護現場を設計する上で、人員配置をどのようにするかと言う視点は避けて通れません。

それをないがしろにして、給与水準も低いままに、本場以上のことをやれと言うのだから随分都合のいい話です。私、ふて腐れてしまいます。



5 . さいごに

今回はここまでです。

もう一度言いますが「本場より少ない人出で本場より充実したサービスを提供しようとしていた」この最初の設計図の甘さこそが日本型ユニットケアの根本的な問題点です。制度設計の時点で、根性論でなんとかしようとしていたんですね。

とは言え、どんなに日本型ユニットケアを否定したところで、いま現在もユニット型施設はありますし、そこで生活するお年寄り、働く職員がいます。その人たちが少しでも安定して、気持ちの良い状態を維持してほしい。

次の機会にこの続編として、今後日本はどうしていけば良いのか、今あるユニット型施設はどうしていけば良いのかなど、私の持論を綴ろうと思います。

(ここまで約5700文字)長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!


 
参考書籍▼

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

スウェーデンの老人ホーム―日本型ユニットケアへの警鐘

 

 余談:この本が発売されたのが2011年、その当時にこの本を読んでおきたかった…