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介護の現場から リーダーのためのブログ

介護施設の人事異動について考える

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人事異動。

どこの法人でも大なり小なり行っている事と思いますが、施設によって異動を行う目的意識、頻度、留意点などにずいぶんと差があるようで、組織マネジメントの観点から考えてみると中々面白いテーマです。

上手に考え抜かれた人事異動は立派な戦略・戦術になり得ますが、迂闊な異動は組織を混乱させたり職員を失望させたりとピンチを招く事もあります。

せっかくやるなら上手にやりたい。今回は人事異動にまつわるお話です。

 

[目次]

 

 

1 . 異動に対するネガティブなイメージ

他の業界がどのようになっているかは分かりませんが、介護業界においては異動に対してネガティブなイメージを持っている人も多いようです。

実際に見聞きした事例を2つご紹介します。

① 知り合い(Aさん)の務める施設の事例

他法人で働くAさん。研修で知り合い色々とお話をしていた時に、互いの法人の人事異動事情について話になりました。

Aさんの話

「うちの施設では異動は基本的にありません。あるとすれば、それはその部署において何かトラブルを起こした時くらいです。」

「なので皆んなも、異動があると『あいつ何かやらかしたな』と思って見ますし、そう思われるので自ら異動したいという人もいません」

 

 

② 私の体験談、とある施設長の言葉

むか〜し、私の務める施設で人間関係が悪化した事がありました。

長年いる職員が仲の良いグループを作り、新人職員を排除するような行動をとったのです。

嫌がらせのような行動は完全に公私混同しており、とても看過できるようなものではありませんでした。また、そのグループの一部は仕事に対しても利用者に対しても不誠実な言動が見られる人たちでした。

私も色々と介入し解決を試みましたがうまくいかず、施設長に事情を説明し、人事異動によって凝り固まった人間関係を解体した方が良いと上申しました。

施設長は事情を汲んで、実際に行動に移して下さいましたが、その時にこのようなことを言っていました。

施設長

「まったくさ、前にも人間関係でそういうトラブルがあって異動とかって事があったんだよ。また同じじゃないか、もうこれ以上繰り返したくないよ」 

 

どうも施設長的には、

①トラブルが起こる → ②直近の上司が介入するなどして当事者間での解決を試みる → ③それでもダメなら異動

というプロセスにおいて、②で解決できなかったら即ち負けだという意識があったようなのです。

・・・

このように、異動に対して消極的、あるいはトラブルがあった際の最終手段という捉え方をしている人や事業所が一定数いるのが実情です。

ですが、その捉え方は本当に正しいのでしょうか?

私は人間や社会というものをドライに見た時に、異動は必要な戦略であり、戦術でもあると考えています。

以下に、異動を行うべき目的やメリットをまとめていきます。



2 . 流れない水は腐る

「流れない水は腐る」という言葉を聞いたことありませんか?

人間社会もまさにこれです。

離職率の高い職場も困りますが、あまりに流動性のない職場も問題です。

現場職員といえども、長きに渡り固定化された人間関係は、必ずそこに既得権が生まれ腐敗し、排他的になります(本人たちに自覚はない)。


人は長きに渡って人間関係を築くと、オキシトシン(幸せホルモン、愛情ホルモンとも言われる)が分泌され、その集団を維持しようという仲間意識が高まります。

愛情や絆、仲間意識を作るホルモンであるオキシトシンは、共同社会を構築するためには必要不可欠なホルモンですが、一方で、仲間意識を高めすぎてしまうと「妬み」や「排外感情」も同時に高めてしまうという作用もあるそうです。

 
参考▼

ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)

ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)

 


つまり、長きに渡る固定化された人間関係が、いずれ何かしらのトラブルを招くのは人間のメカニズムであり、最初から覚悟しておくべきことなのです。

前述で紹介した施設長のように「またトラブルだ!失敗だ!」と嘆く必要はありません。

日頃から人間関係の機微に留意し、適度なペースで人員を流動させること。あるいはトラブルがあった際に異動という手段も含めて迅速に対処すること…

これらは健全な職場環境(=サービスの質に直結する)を末長く維持するための戦術として持っておくべきことなのです。



3 . 異動はやり直す機会を与えてくれる

例えば、職員同士の人間関係のトラブルによる人事異動。

これだけいうと懲罰的な意味に聞こえるかもしれませんが、決してそのような事ではありません。

知人Aさんの法人では「皆んなも異動があると『あいつ何かやらかしたな』と思っている」という事でしたが、ある程度異動を定期的に行っているところでは誰もそのようには思いません(多少ウワサは立つかもしれませんが)。

つまり、トラブルを起こした人でも新しい環境でやり直すチャンスが与えられているのです。

私は「人は、言って聞かせようとしてもそう簡単には変われないが、環境によってはいくらでも変われる可能性を秘めている」と思っています。

私が以前見た、仲良しグループによる新人への排他的行為。

これもグループの行動はハッキリ言って悪かったですが、個々人で見れば決して悪人といわけではありませんでした。

ほんとボタンの掛け違いと言いますか…環境によってはそれぞれ良い介護士として力を発揮することが出来るのだと思います。

「あなた達が悪い!」と言ったところで、素直に客観的現実を受け入れて変われる人って、そうそういません。多くの場合は、皆(私も)自分に都合の悪い話は受け入れられないのです。

であるならば、いつまでも不毛な争いを続けるのではなく、バラバラになることで個々人が自然と力を発揮でき、周りからも評価されるであろう環境に行って頂いたほうが良いのではないでしょうか。



4 . 異動はローカルルールを破壊する(いい意味で)

ある程度人員が流動的な組織におけるメリットを考えてみます。

介護施設では、同じ業種でも施設によってケアや業務のやり方は微妙に違います。

施設ごとのローカルルールが存在するのです。

そのローカルルールは、施設の事情に合わせた適切なものから、単に「昔からそうやっていたから」という理由だけで現状にそぐわないような無意味なものまで様々です。

限られた人間だけで長く仕事をしていると、いつまで経ってもこのローカルルールが更新されず、組織としての成長を鈍化させます。

適度な異動によって流動的な組織になると、様々な経験を持った職員が入ることで、新たな視点・新たなやり方など、情報やルールがアップデートされ組織の成長を活性化させてくれます。



5 . 異動は個人を強くする

仕事において自らの力を発揮するためには、いくつかのスキルが必要です。

介護士としての専門的スキル、その組織における人や物などローカルな情報を知っていること、そして人間関係です。

一つの場所に長くいると、専門的なスキルというよりは、ローカルルールや人間関係に依存した働き方になり、そこでしか通用しない人材になっていく可能性が高くなります。

異動を通じて、様々な利用者に出会う、様々な介護スキルを知る、自らの得手不得手を客観視する、施設ごとのローカルルールを知り何が本質的に正しいのかを考える、一から人間関係を構築する…

そのような経験をすることで、一人の専門職としてより強固な人材へと成長することが出来ます。



6 . 異動は組織のリスクマネジメントになる

異動によって、様々な職場や職種を体験させる。それは即ち人材育成です。

職員の入退職というのは、予期せぬ時に起こることがあります。

例えばある事業所の課長が、体調を崩して退職したとします。

その時に、次にそのポストに添えれるだけの経験を持った職員を、すぐに当てることができるでしょうか。

従来型特養、ユニット型特養、グループホーム、デイサービス、居宅介護支援事業所などなど…

様々な事業を経験させ、次の幹部候補を余裕を持って育成しておくことは、組織のリスクマネジメントの一環であると言えます。



7 .  さいごに

このように、人事異動は組織に適度な新陳代謝をもたらすものとして、ポジティブな側面もあります。

ある程度の規模がある法人であれば、これを有効に使わないのは勿体ない。計画的に、戦略、戦術の一つとして持っておくことをオススメします。



いくつか注意点です!

介護の仕事は、その仕事の性質上、異動したその日から即戦力として働けるような類の仕事ではありません。

人を覚える(利用者の名前・顔・ADL、職員など)、各職員の動きや業務の流れを覚える、物の場所を覚える、業務上の様々なルールを覚えるなど、異動先では一から覚えなくてはならないことが山積みです。

ですので、迂闊に、気軽に異動をホイホイやってはいけません。現場が混乱しパンクします。

法的な配置基準を満たすことはもちろんですが、それと同時に異動によって現場ではどのような事態が起こると想定されるのか、必ずシミュレーションを行うことが必要です。

シミュレーションの結果に合わせて、異動の規模やタイミングを調整し、現場の混乱を最小限に抑えられるよう努めます。

参考▼
また、当事者や全体への周知も可能な限り早めにやっておくことが大切です。法人によっては異動数日前に知らされるなんてところもあるそうで、引き継ぎする間も与えてもらえないような事もあるそうです。仕事ナメてますね。

経営層からの一方的な上意下達ではなく、経営⇔現場双方向のコミュニケーションが大切です。


さいごに。
組織である以上、事情に合わせた異動は必然です。ですが、異動するのは「人」ですから、その人の人生・感情・心を無視したような事にはならないよう心がけたいですね。