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介護の現場から リーダーのためのブログ

介護施設に監視カメラは必要か【老健それいゆ、利用者死傷を受けて】

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岐阜県高山市の介護老人保健施設「それいゆ」で、7月末から5名の利用者が立て続けに死傷するという事故(事件?)がありました。

www.sankei.com

虐待が疑われている職員は、問題が公になる直前に退職をしたそうですが、その職員が白か黒かという事については、ここでは書きません。

お年寄りは本当に怪我をしやすく、当事者でない私にはどちらの可能性もあり得るとしか言いようがないからです。ただ経験則から言わせて頂くなら、半月で5件これだけの重症事故ってそうそう起きません…

※2019.2.3追記:元職員が逮捕されました▼

www.asahi.com



介護職員による虐待というと、これまでにも家族が設置したカメラによって事件が発覚するという事例が多くありました。

参考▼


今回は、老人ホームにおいて「施設自らが監視カメラを設置するべきか否か」という事について考えていきたいと思います。

 [目次]

 

1 . 不適切な職員を排除する事は可能か

まず、こうした事件が起こった時に、日々誠実に職務につく大多数の介護職員は残念な気持ちになっていると思います。

プロとして、技術も倫理観も兼ね備えた職員は多くいるのだと言うことを、この場を借りて改めて言っておきます。



よく「適切な人を採用し、きちんと人材育成をする責任を施設が果たせば、そんな事は起こらない!」という主旨の意見を聞くことがあります。正論なのですが実際には結構難しいです。教育だけで虐待を防ぐことは不可能です。

私も職員の採用に携わってますが、事前に適正を判断することはほぼ不可能です。明らかにおかしい人は採用しませんが、それでも不適切な人は一定の割合で紛れ込んでしまいます。


施設として努力出来ることは以下の3ステップです。


  • 採用時、明らかにおかしい人は雇わない。人手不足だからと妥協しない。

  • 人材育成は作業だけでなく「倫理」をしっかり伝えながら行う。また、施設上層部が現場を見ようとし、介護現場を孤島にしない。

  • 信賞必罰。悪いことをした職員には指導及び罰則を規定に合わせて厳格に運用すること(理想を言えば、不適切な職員にはすぐ辞めてもらった方が良いのですが、日本では労働者保護が強すぎて簡単に解雇が出来ないのも、問題を難しくする要因になっています)。


また、以前書いたこちらの記事も参考になるかと思います▼

繰り返しになりますが施設側の日頃の努力は絶対必要です。しかしそれでも尚不適切な職員が紛れ込む可能性は消せません。



2 . 監視カメラなしに、事件が防げるのか

今までの事例を見ても、利用者の危機が発覚する時というのは「家族(もしくは良識ある職員)が、他に手段がなくカメラやボイスレコーダーを設置して発覚する」というケースが多いです。悲しいのが、内部で直訴するも真摯に対応してもらえず、最終手段としてこうした事をせざるを得ないというところです。

今回の件は虐待の事実関係は不明ですが、事態が大きくなってから問題が公になっており、施設自ら問題を解決しよう、事件として公に捜査しようという積極的な姿勢は見られませんでした。「怪しい職員は退職したから、あとはバレなきゃいいな」と思っていたのでは?という姿勢がどこか感じられます。

日頃から現場と密に関わり、把握し、虐待の予防や対策に熱心な施設、隠蔽体質のない施設というのが果たしてどれだけ存在しているのか…

利用者にとってみたら施設の自浄作用には期待できないというのが実情でしょう。利用者の安全を保障するためには、いずれ監視カメラの義務化も必然のような気がします。


3 . 監視カメラに期待する効果

監視カメラを設置した場合、期待する効果は以下の通りです。


  • 虐待が疑われた時に、現場で何が起こっていたのかを検証する手段になる。

  • 虐待の可能性だけでなく、入居者自身の行動による事故についても検証が出来るようになる。

  • 利用者からの暴力やセクハラの実態を知ってもらえる手段になる。

  • 防犯対策になる(外部からの犯罪、窃盗など内部犯罪)。職員間の嫌がらせなど。


このように、実はカメラがあることで現場で働く誠実な介護職を守ることに繋がるケースもあります。あらぬ疑いを掛けられなくなりますし、逆に不適切な職員がいた時に「証拠がないから処分出来ない」という葛藤からも解放されます。


4 . カメラの設置を妨げる要因

すでにカメラを自主的に設置している施設もあります。しかしまだまだ業界全体としてみた時には、監視カメラの設置に対しては消極的だと思います。

いくつかの要因を挙げてみます。


① 利用者のプライバシーの問題

昨今の事故や事件を受けて、カメラがあることに否定的な利用者家族はむしろ少ないと思われます。

しかし居住スペースですから事前の説明と承諾は必要です。管理体制についても説明しておく必要があるでしょう。

また、事前の説明と承諾は職員に対しても同様です。

参考▼



② 現場職員との信頼関係の問題

カメラを設置する場合、現場で働く職員は「上層部に最初から疑われている」と受け取ります。

実際これをすることで、互いの信頼関係が破綻するのではないか不安があります。


③ 費用の問題

カメラの設置には当然それ相応の費用がかかります。

設置する際のお金だけでなく、維持費、管理する際の人的コストもかかります。強制でもない限り、そこに進んで設備投資をする法人は多くないと思います。


④ 運用方法の問題

私が一番課題になると感じているのが「運用方法」です。

これまで現場の不適切職員向けにと話しをしてきましたが、もう一つ怖いのが運用する管理者が乱用しかねないという懸念です。


  • 自分の悪口を言っているのではないかチェックしてやろう。

  • 可愛い娘が入職した。夜勤中の様子を見てみよう。

  • 嫌いな職員がいる、粗探しをしてクビに追い込もう。


冗談のように聞こえますが本当に起こり得る話です。権力を持った人の公私混同は本当に多いです。


  • 設置場所はどこにするのか。共有スペースのみ?居室内も?

  • 映像へのアクセスは誰ができるのか。制限はあるのか。

  • 普段からモニターに映すのか、必要時のみか。

  • 監視カメラの使用状況や運用方法について、事前に利用者や職員に明示されているか。

  • カメラ?ボイスレコーダー?


ちょっと考えただけでも色々と出てきます。運用方法のガイドラインとなるものを策定しておく必要性を感じます。

参考▼

①神奈川県「防犯カメラの設置・管理に関するガイドライン」
http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/820899.pdf



5 . どうあるべきか

 先ほど「義務化も必然かも」と書きましたが、実際に法整備され義務となるのにはかなりハードルが高いでしょう。

全ての施設が自費でこれを行える体力があるわけではありませんから、そうすると別途国からの補助を受けてという形になると思います。そこまでした時の費用対効果をどう判断するのか…難しいところです。

また、介護業界の低賃金の問題を考えた時に、責任だけ重くなって待遇が伴わなければ余計に人手不足は加速します。もし義務化と考えるならば、待遇の改善もセットで行わないといけないでしょう(アメが先か、ムチが先かという話ですが)。

比較的低いハードルで現実的な方法をと考えると、一番やりやすいのは関係機関による「ガイドラインの策定」です。

最も効果が期待できるのは厚生労働省直々にガイドラインを発布することです。次に、全国老人福祉施設協議会や東京都社会福祉協議会などのいわゆる業界団体主導のものです。たとえば「身体拘束」や「看取り介護」などでは、このような取り組みは既に行われています。

ガイドライン自体に法的な強制力は発生しませんが、今すでに監視カメラを運用している所では、ガイドラインを元に運用方法の整備ができるようになります。あまりにトップが独断的に乱用している場合、これを抑制するための根拠にも使用できます。

 

6 . さいごに

こうした事故(あるいは事件)が報道される度にとても切なくなります。自分より立場の弱い人間に暴力沙汰を起こす職員はもちろんですが、保身隠ぺい体質の施設には憤りを覚えます。どうかサービスを提供する側もされる側もフェアに付き合える環境が、より広がっていってほしいですね。