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介護の現場から リーダーのためのブログ

「おむつゼロ運動」に見る、大衆心理の危険性

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介護の世界に身を置く者ならば、「おむつゼロ」と言うスローガンを見聞きした事がある人も多いでしょう。

国際医療福祉大学大学院教授・竹内孝仁氏が提唱したもので、施設介護において、根拠のある介護を行う事で日中はおむつの着用者をゼロにしましょう!と言うのがこの「おむつゼロ」運動です。介護方針にこれを掲げている施設も少なくありません。

介護の仕事は「医師=病気を治す」「弁護士=裁判に勝つ」「消防士=火災を納める」のように成果が分かりやすい仕事ではありません。その中にあって「おむつ着用者がゼロになる!」と言う分かりやすいスローガンは、多くの介護施設関係者を虜にする、大変センセーショナルなものでした。

しかし、分かりやすいからこそ落とし穴も多いものでして、今回は「おむつゼロ」の負の側面について考えていきます。

 [目次]

 

 

1 . 「おむつゼロ」を実現する竹内理論とは

 詳しくはこちらの本に書かれています。

こちらのサイトにも、分かりやすくまとまっています▼
http://介護相談.net/kaigo/?p=1782

 

 要点をまとめると4つ

  1. 水分を1日1500CC以上飲みましょう。
    水分が足らないと脱水症状になり、意識障害、夜間のせん妄、昼夜逆転で便秘などの弊害があり、自然な排便を妨げる要因になります。

  2. 食事を1日1500kcal以上食べましょう。
    食べるもの食べなきゃ、出るものも出ません。また、経管栄養はやめて口から食べましょう。ソフト食はやめてなるべく常食を食べましょう。

  3. 下剤を止めて自然排便を促しましょう。
    その分、食物繊維やオリゴ糖などを摂取しましょう。排泄のタイミングを観察し、適切なタイミングでトイレ誘導しましょう。

  4. 歩きましょう。運動しましょう。
    寝たきりの人は長い間寝たきりにされたため、「歩くことを忘れている」だけである。歩かせましょう。


一見すると、とても良いことを言っているように思えますが、これがチームで実践するとなると、入居者の人間性を無視した様々な暴走が起こります。



2 . 画一的なケアがもたらす暴走

私が見聞きしたものをまとめます。

① 無理やり食事介助

食事量や水分量について、厳格に目標値を定めていますから、どんなに入居者が嫌がろうと、覚醒状態が悪かろうと、無理やり口をこじ開け介助を進めます。

「水分量が増えれば覚醒状態が良くなるはずだ!」「食事量が増えれば、トイレでの排便もできるようになるし、また元気な姿に戻れるはずだ!」と。

以前、無理やり食事介助に関する記事を書きましたので、是非ともそちらも読んで頂きたい▼

食事介助『全量摂取=正義』が時代遅れなワケ【死生観の授業5】 - Sow The Seeds

無理やりこじ開けるもんだから、口の中に血豆や傷ができるようなケースもあるのです。無理やり食事介助は本当にお年寄りを苦しめますので、止めた方がいいです。


② 無理やり歩行、無理やりトイレ

寝たきり度の高い方は体の拘縮が進んでいる場合もあります。意識もほとんどなく、意思疎通ができない状態の方もいます。

そのような方に対して、職員が複数名で一生懸命に体を抱え歩かせる・・・実は引きずっているだけ。

職員数名でトイレに座らせて、30分以上トイレに放置。・・・それでトイレで排尿がありましたと言われてもねえ。


③ 排泄だけが生活じゃない

入居者個々の排泄タイミングを探り、その方に合わせたタイミングでトイレにお連れする。今まで職員1人でおむつ交換していた方にも、職員2〜3人でトイレ介助をする。

1日がバタバタと排泄援助のために終わっていく。

このバタバタで消費した時間を、入居者とのんびりお茶でもする時間に変えられたら、お年寄りはどちらを望むのでしょうか?


以前の記事でも言った事ですが、「職員のゆとり」はとても大切です。

良いサービスをするためには色々な方法論がありますが、最もご利用者に大きな影響を与えるのが「職員のゆとり」です。これまでの経験上、確信しています。
いくら影で良い事をしていても、その分忙しくなってフロアで職員がバタバタしてたら、それはご利用者のメリットにはなりません。

有給取得率と残業時間、私が所属する特養の状況についてご報告 【前編】 - Sow The Seeds

 

3 . 分かりやすい方法論と数値結果が、人間の目を曇らせる

 冒頭にも言ったように、介護の仕事は成果が分かりにくい仕事です。また、介護業界には医療業界に対するコンプレックスもあります。

その中にあって、分かりやすい方法論があって、やった結果を数値で表せるこの方法は、介護関係者の心に響きます。

それが徐々に暴走し、「総合的に判断する」「自分の目で見て自分の頭で考える」ことを忘れさせ「これさえやっていれば間違いないはずだ」になっていくのです。



4 . そもそも、おむつ=悪なのか

私はこの「おむつゼロ」という一種のムーブメントに対して、2つ疑問に思っていることがあります。

  • 自然の現象である『老い』を否定していないか?
  • おむつ=悪なのか?


という疑問です。

① 老いを否定していないか?

水分を沢山摂れば覚醒状態が良くなるはずだ。歩かせれば歩けるようになる…

いや、人は(というかあらゆる生命は)徐々に衰え死に向かいます。それはごくごく当たり前の自然の摂理です。

死ぬ直前まで自立的な生活を送り、ピンピンコロリと逝ければそれが一番幸せですが、現代は人類史上初の、なかなか死ねない長寿社会です。これほど老いてまで生きていると言う状況が、人間の歴史上初めての領域なのです。

参考関連記事▼

www.sow-the-seeds.com

 
若い人に対する生活感やリハビリ感を、90歳も過ぎたお年寄りに当てはめるような事は不自然です。


② おむつ=悪なのか

これも「老いの否定」に関係することです。

日常生活自立度ということで言えば、お年寄りは赤ちゃんと同じレベルになります。

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赤ちゃんがおむつをすることを否定する人は少ないです。しかし同じ自立度であるお年寄りではこれが否定されます。*1

お年寄りは様々な人生経験を経て、人格や尊厳と言ったものが培われています。そこが赤ちゃんとの違いです。大の大人がおむつなんてしたくないです。しかし、身体機能の衰えという点では、赤ちゃんと同様になっていくのです。これは認めたくなくとも認めざるを得ない現実です。


竹内氏は、あるインタビューでこのように言っています。

「君も一度やられてみろよ。少しでも意識ある人間にとって、他人に汚れたお尻を見せることがどんなに屈辱的か。おむつすら外せないで、高齢者の尊厳だとか自立なんて、お題目を唱える資格などない。あれは限りない虐待だからね」

http://介護相談.net/kaigo/?p=1782


おむつ=悪とする風潮を介護する側が作ってしまっては、余計にお年寄り自身に「おむつ=恥ずかしい事」という意識を助長してしまう事にならないでしょうか?

歩くのが不安になったら杖を使う。心臓が悪いからペースメーカーを入れる。膝が悪いから人工骨頭を入れる・・・、うまく排泄ができないからおむつを使う。でも良いのではないでしょうか。

ウンチは臭いですし恥ずかしいです。でもそれは自然の摂理であり、普段はなるべく見えないようにしているだけです。否定批判するようなものではありませんし、軽蔑されるようなことでもありません。


まとめ

  • 分かりやすい合言葉
  • 分かりやすい方法論と結果
  • 曖昧さを排除した極端な表現
  • 介護職の不安やコンプレックスへの訴求

「おむつゼロ」をこうして見ると、結果的に大衆を扇動するための方法として非常によくできた構造になっています。


「おむつゼロ」の全てを否定しているわけではありません。

お年寄りの生活の豊かさという点では、自立度はかなりの重要ポイントになってきますし、介護のやり方次第で衰えを早める事もあれば、遅くすることも出来ます。

何気なく車椅子を使っている方でも、付き添えば普段から十分歩けるじゃない!って言うパターンもあったりします。その方の残存機能を最大限引き出す介護をする事は大切ですし、介護職の腕が問われるところです。

そしてそれは、一人一人に合わせて、その方の事を本当に見て、やっていくべき事です。

画一的な方法論によって盲目になり、相手が人間であることすら無視した介助は危険ですし、そのような介助によって傷つく人はいてほしくないです。

「おむつゼロ」を掲げている施設の責任者の皆様、現場が暴走していないか、それによって傷ついているお年寄りや職員がいないか、いま一度確認してみるのも良いのではないでしょうか。


最後に、アインシュタイン*2が言ったとされる言葉を引用してこの記事を締めたいと思います。最後までお付き合い頂きありがとうございました。

数えられるものすべてが大事なわけではない。
大事なものすべてが数えられるわけではない。

Everything that can be counted does not necessarily count;
everything that counts cannot necessarily be counted.