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「日本の給与制度」と「アメリカの給与制度」の違い、その根底にあるものとは

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よく「日本は職能給」「アメリカは職務給と言われています。

今回は、この「職能給」と「職務給」の違いを解説します。また、なぜ日本とアメリカでこのような違いが生まれたのかについて、私の所感を綴ります。


[目次]

 

1 . 職能給と職務給のちがい

まず初めに、この二つの給与制度の違いについて解説します。

①職能給

日本企業の多くは、この職能給制度によって運営されています。

職種や職務によってではなく、「人に値段をつける、仕事をつける」という発想がこの職能給制度です。

職務遂行能力に値段をつけるわけですが、一般的に、経験年数を積めば能力も向上するであろうとの考えから、勤続年数によって給与が上がっていく事が多いです。

メリットとしては、一つの企業で職員を他セクションへ異動させる場合に、給与を保証したまま臨機応変に配置変更が出来るため、経営者にとっても、そこで生涯働きたいと思っている職員にとってもメリットがあります。歳を取るにつれ、結婚したり、子供が出来たりと生活費もかかるようになります、人生設計のし易さにおいてもメリットがあるのではないでしょうか。

デメリットとしては、勤続年数が長いと給与が高くなりやすいので「同一労働同一賃金」にはならない場合が多いという事(能力の高い若者より、能力の低い高齢社員の方が給料が高いという事がしばしば発生する)。

また、特定の職務に縛られないため、評価を全人的に行わなければならず、「正しく評価できるのか」という疑問が残ります。こうした職場環境が及ぼす悪影響として「社内政治に終始してしまうようになる」という事が挙げられます。「仕事の内容、成果、価値」を真剣に考えず、保身のための政治的動きに終始してしまう。時折そのような光景を見る事がありますが、私はそういうのが嫌いです。

給与水準が勤続年数に依存する事が多いので、人材の流動性が高まらないと言う事も考えられます。

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②職務給

アメリカ式と言ったのが、この職務給制度です。

これは人ではなく、「仕事に値段をつける、人をつける」と言う考え方です。

仕事の内容、役割、困難度によって給与を決めます。仕事の内容や責任の所在、やる事、やらない事などが細かく「職務基準書」に記載されています。

そのため、メリットとしては勤続年数が違くても、やっている事が同じであれば「同一労働同一賃金」になり公平性が保たれると言った側面があります。

仕事が同じであれば、その組織における勤続年数は関係ないため、人材の流動性を促す効果もあります。転職しようとした場合に、スキルに合った給与相場で転職出来る可能性が高まるからです。

デメリットとしては、先ほどの職能給の逆です。職務記述書によって仕事が限定されるため、会社側としては臨機応変な配置変更が難しい。個人としては様々なスキルを体験する可能性が狭まる。年相応に給料が上がっていくわけではない。などのデメリットがあります。

また、「自分の仕事じゃないからやらない」という事も起こりうるでしょう。仕事は決められた通りの事をやっていれば何とかなる…とはいかない場面も多々あります。そうした時に、ある程度幅を持って、臨機応変に動ける人材も必要でしょう。

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※余談ですが、ここまで挿入した図は、先日購入したiPad Proで作成しました。楽しいですね。
記事リンク▼

iPad Pro 9.7インチで絵を描いてみたら、革命的に楽しすぎた。これはイラスト制作における破壊的イノベーションだ - Sow The Seeds



2 . なぜこのような違いが生まれたのか

これには、それぞれの国の歴史が大いに関係しています。

①日本の場合

まず日本についてですが、日本は建国2000年以上、世界最古の国家と言われています。非常に長い期間、ほぼ同じ民族によって暮らしが営まれてきました。

日本らしさと言うと、一定のコミュニティ内において、何とかうまくやっていくという『村社会文化』が挙げられます。これは、何事においてもあえて「曖昧さ」を残す事で、出来る人も出来ない人も、皆ほどほどに満足できる仕組み、と言えるかもしれません。

また、「戦後の高度経済成長期、これをスピード感を持って進めていくには、職能給を採用し臨機応変に対応できた方が効率が良かった。」と指摘する声もあります。

こうした歴史的、民族的背景の中、戦後の経済成長も伴って「家族的経営」「終身雇用」「職能給」と言った属人的な方法は、日本には大変馴染みが良かったのだと考えられます。


②アメリカの場合

一方アメリカは移民国家です。

「新大陸の発見〜移住〜植民地からの独立」という建国に至る歴史はもちろんの事、現在も多様な人種、民族、宗教、文化が溢れています。また、歴史の短さや変化の激しさ、国土の広さ等を鑑みると、日本のような「言わずともわかる」「阿吽の呼吸」を国家レベルで醸成するのは難しそうです。

そうした環境においては、属人的な職能制度は機能しません。異なる考え方、文化、人々が交わる時には、職務に対して厳格に基準を定めない事には収拾がつかないのです。

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実は私も、これと似たような体験をした事があります。それは、新規施設の立ち上げに参画した時のことです。



3 . 体験談

以前、新規施設の立ち上げに、現場責任者として関わった事があります。

その時は、開設に必要な職員の2/3が新規採用。私を含め1/3が既存の施設からの異動組(この異動組も複数の施設から集まっているため、本当に同郷出身者は実質的にはさらに1/3程度)という状況でした。

新規採用者は、当然文化もやり方も違う他法人からの転職組や、全くの未経験者など、多種多様です。中には外国人もいました。

おおよそ60名の職員、全くの烏合の衆が集まって、さぁこれから一つの組織を運営して行こうという所です。


ここでは、前述した『異なる考え方、文化、人々が交わる時には、職務に対して厳格に基準を定めない事には収拾がつかない』という問題が多発しました。

今までいた施設のやり方を、何となくやろうとしたところ「なぜそれをするのか」「どのようにするのか」「誰がするのか」「なぜやらなくてはいけないのか」「なぜしてはいけないのか」…そのような声が多発し、いちいち停滞するのです。

こうした問題が起こる度に、最善は何かを考え、協議し、全て書面に起こして明確にし、周知していく作業の連続でした。

自分たちが今まで、どれほど属人的に「何となく」で仕事をしてきていたのかを痛感した、非常に良い経験でした。



4 . これからの社会

職能給と職務給、これらは100%どちらかという事ではなく、多くの企業では複合的に給与体系を作っています。

しかし、経済右肩上がりの時代はとうに過ぎ、終身雇用という考えが薄れてきている今、職務給に対する考えが徐々に強まってくることは避けられないでしょう。


例えば、これを読んで下さった皆様に質問です。

質問:
自分の職場に、新たに転職してきた人がいたとします。その人が自分より先に役職についた場合、あるいは最初から役職者として転職してきた場合、嫌悪感を抱きますか?


もし嫌悪感を抱くとしたら、それは日本の職能給文化に、知らず知らずのうちに影響されているのかもしれません。自らの仕事の価値は何なのか、「勤続年数=その人の価値」ではない、「本当の仕事の質」が問われています。

働く個人にとっても、組織をマネジメントする経営層にとっても、これを真剣に考える事が求められる時代です。