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実はすごく大事な『死ぬ場所』について【死生観の授業2】

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【死生観の授業】第2回目は亡くなる場所に関するお話です。
死にまつわる事を考えた時、もしかしたら1番大事なのがこれかもしれません。

前回述べた「現代社会は、死を意識することのない環境」とはどういう事なのか、これについても死亡場所に関するデータを用いながら説明していきます。

前回の記事はこちら▼
自分がどのように死ぬか、知ってる?【死生観の授業】 - Sow The Seeds

 

[目次]

 

1 . 昔は82%の人が家で亡くなっていた

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時代の変化を見る

グラフを見ると衝撃的なのが、昔は82%の人が家で亡くなっていた時代があったという事実です。家でお爺さんお婆さんを看取るのが普通だった時代があったという事です。

戦後の経済復興、核家族化の進行、病院や社会保障制度など社会インフラの充実、そうした社会的背景の変化に伴い、1970年代にはグラフは交差し、今では75%の人が病院で亡くなっています。

現在は"ある程度状態が悪くなったら兎にも角にも病院にお任せ"という状態ですから、老後の終末期を実際に目にする機会が減っているという事です。
冒頭にも述べた「死を意識する事のない環境」は、このようにデータに現れています。
 

では、どこで死ぬのが幸せなのか
これは、ケースバイケースなので100%これ!と言い切ることは出来ません。
しかしこれまでの経験上、私自身が見てきたことから述べさせて頂きます。



2 . 自宅の場合

おそらく誰もが望んでいるのは、最後まで住み慣れた我が家で、家族と過ごしたいのではないでしょうか。

自宅で最期まで看ようとする場合、最も大事になってくるのが『十分な介護力が確保出来るかどうか』です。

家族や親戚が近くに住んでいるなど、介護の手に恵まれていれば、自宅で最期まで過ごす事も考えられます。また、訪問看護、訪問介護、デイサービスなどの各種保険サービスを活用する事も必須でしょう。

一方で、自宅介護の不幸なケースとしてあげられるのが虐待です。
老人介護は非常にストレスのあるものです。特に認知症などを患っていると尚更です。
『親のことを愛している、けれども手を上げてしまう。十分な介護をしない(ネグレクト)。身内だからこそカッとなってしまう。』という事がよくあるのです。

あるいは老々介護で、互いに疲弊し、心中を図るケースもありました。

www.sankei.com



これでは介護する方も、される方も、互いに不幸になってしまいます。
決して無理せず、自宅以外の選択肢も考えておくことです。老人ホームに入れることに罪悪感を感じる必要はありません。



3 . 病院の場合

病院は『治療の場』

まず、病院の機能について、正しく理解しておく必要があります。
病院は治療することが目的です。人生の終末期を長く過ごす(生活する)という点では、デメリットも多くあります。


病院に長居することのデメリット

  • 拘束される
    認知症を患っている高齢者の場合、最も多いと感じるのがこれです。ベッドから落ちないよう、点滴を抜かないよう、ミトンをつけられたり、体とベッドをベルトで結んで固定したりします。拘束は精神的にも大きなストレスを与えますし、認知症の悪化や廃用症候群の悪化など、様々な弊害をもたらします。
    「身体拘束は良くない」という認識は、介護の現場にも医療の現場にも共有されています。しかし、病院は治療が目的ですから、介護の現場と比べると身体拘束もやむなしとされる事が多いのです。

    厚労省などのガイドライン参考▼
    http://jnea.net/pdf/guideline_shintai_2015.pdf
    http://www.dochoju.jp/soudan/pdf/zerohenotebiki.pdf

  • 合併症のリスク
    上記に関連する事ですが、ある疾患の治療のために入院したのに、他のところが悪化したという事もよくあります。
    例えば肺炎の治療のために入院していた方が、退院してきたら廃用症候群によって歩けなくなった、誤嚥しやすくなった、褥瘡が出来ていた、などです。
    部分として見たら治ったけど、全体として見たら以前より悪くなっている事が起こり得ます。

  • 生活の場ではない
    例えば老人ホームであれば、日中は起きて皆んなとお話ししたり、テレビを見たり、お風呂に入ったり、外出したりと生活上の動きと楽しみがあります。
    しかし病院ではベッド上で過ごす時間が圧倒的に長くなります。



高齢になると「病気=入院」とも限らない

病院に長居する事のデメリットが分かっていても、実際に状態が悪くなったら、お世話にならざるを得ませんよね。

一般的には、死に至るまでのプロセスを考えた時に「病気になる」→「病院にかかる」→「治そうと闘病するも死に至る」という流れを想像されるのではないでしょうか。しかし高齢者の場合、必ずしもそうとは限らないので注意が必要です。

例えばこのような場合


終末期*4*5の場合、必ずしも積極的に治療するだけが選択肢ではありません。方針も「根本的な治療」から「苦痛の緩和」に移行していきます。
スパゲッティ症候群*6という言葉もありますが、必ずしも懸命に生き永らえさせる事が正義とは限らないのです。

家族が病院と納得いくまで、よくよく話し合う(治療方針や予後のリスク等)という事が大切です。また、自身が元気なうちから予後について考え、意思を表明しておく事が必要です。



4 . 老人ホームの場合

手前味噌ですが、人生の終末期を過ごす上で、老人ホームはオススメです。
治療の場であった病院と比較すると、老人ホームは『生活の場』としての機能が整っています。

メディアでは、介護職の待遇の悪さや虐待に関するニュースなど、ネガティブな印象が目立ちがちです。しかしお年寄りにとって、老人ホームという場所は多くのメリットがあるのもまた事実なのです。

老人ホームのメリット

老人ホームでは、先にあげたデメリットを解消できる場合が多々あります。

  • 家族関係の修復
    自宅で介護をしていた時には、疲弊しギスギスしていた家族関係も、老人ホームに入る事で、互いに気持ちに余裕ができ、会った時には優しくなれます。

  • 健康管理が行き届いている
    自宅の場合心配されるのが、食事やお薬など、日常の健康管理です。老人ホームでは、24時間体制で介護士、看護師が連携していますから、自宅以上の健康管理が可能です。実際、入居後に栄養状態が良くなって、体重が増える方もいます。

  • 廃用症候群の予防
    起きてご飯を食べる。お風呂に入る。人と話す。それなりの充実度で、規則正しく生活が送れます。病院や自宅と比べて、運動量が多くなります。

  • 拘束されない
    生活の場なので、拘束される事もほとんどありません。身体機能の維持はもちろん、精神的にもストレスの少ない環境です。

施設でも看取る事ができる

老人ホームに入居していて体調が悪くなった場合、基本的には提携している病院に受診、必要があれば入院となります。しかし終末期の場合、必ずしも入院という選択肢ではなく施設で亡くなるまでを看取る事もできます。

「看取り介護」と言われるもので、その取り組みは年々一般的になってきています。
延命する事が目的ではなく、いつかは死ぬという事を受け入れたうえで、どのような生活をすれば(どのようなケアを提供すれば)、心身の苦痛なく穏やかに満足して逝けるのか。という事を主眼においた介護が「看取り介護」です。

上のグラフで老人ホームで亡くなる方が増えてきているのも、そうした影響が現れていると考えられます。

ちなみに、この背景には「人生の最期をどのように迎えるべきなのか」という死生観の問題と、「治る見込みのない高齢者医療に、多額の公費が投入されており、それを抑制したい」という社会構造(お金)の問題、この2つが絡んでいるのですが、それはまた別の機会に詳しくお話しします。



さいごに

「どこで人生の最期を迎えるか」という事を考えることは、結局のところ「人生の最期をどのように過ごすか」という事に直結します。
本人も家族も、後悔なく人生の終盤を過ごせるように、どうか一考して頂けたら幸いです。

今回の記事で、病院を悪く書いているように感じるかもしれませんが、あくまで病院と老人ホームの機能の違いを説明したものであり、病院そのものを否定するものではありませんので、何卒ご了承ください。病院で働くドクターも看護師も、皆懸命に職務を全うされているという事も、よく理解しているつもりです。